波打ち際で

管理人の部屋

思い立ったので年末年始はパリで過ごすことにした。27日に大阪で仕事を収めて翌日関空からバビュンと直行便、1日の昼に帰ってくる弾丸スケジュール。

出張や遠出旅の時に限って寝起きが遅くなる癖は相変わらずで、今回もギリギリのチェックイン。
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今回の旅の目的はひとつで、人に会いに来た。これを書いてある今日までの3日は、管理人の朝弘佳央理(、と事務的に書くとよそよそしいので以下では普段通りかおりさんと呼ぶことにする)と、アトリエ「Native Language」を連載中の北 学(きた さとる)さんのお世話になっている。これを書いたあと、大晦日と出発の元旦は、大学時代からの友人夫妻の世話になる予定。

師走の仕事の合間に往復チケットだけ取って、「28日〜1日の間パリ行くから!」と連絡し、後は宿も取らずにみんなに甘える魂胆でやって来るのだから始末に負えない。短期旅行にちょうどいいサイズがなくムダに大きいスーツケースと、口が開いた型なのでスリには格好の的になりそうな手提げ鞄という、アンバランスな出で立ちで転がり込んだ。

客観的に見れば非経済かつ非効率極まりない旅だと思うが、なんとなく、「今だな」と思った。公私ともにだんだんとステージが変わってきており、一人で気ままに海外旅をするのが難しくなりそうなこと、伴って「アパートメント」の今後の運営についてもよく話し合っておきたかったこと、日本を離れてリフレッシュする必要があったことなど、色々あるが、まぁ勢いである。

到着は28日の夕方17時。かおりさんにシャルル・ド・ゴール空港まで迎えに来てもらって、Belleville-ベルビル-というパリ市内の北東に位置する街へ。さとるさんと「はじめまして」をして、そのまま3人で晩ごはんを食べ、夜のパリ散歩へ。

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車の交通量や、パブに集う人の雰囲気、メトロの駅の汚さなど、夜のパリ郊外は、どこかブルックリンを思い出させる情景だった。人種の多様性はあるが、聞こえてくる言語はほとんどフランス語だという点は、民族政策の違いを感じさせる。

さとるさんは僕より10歳年上で、もうパリに住んで20年になる。訪ね旅の楽しいところは、その地域に住む人の目線を借りて街を歩くことができることだ。「ブルータス」やら「ポパイ」やら、雑誌で特集されるようなニューヨークやパリの雰囲気は、日本人読者の期待に応える形で凝縮した姿に過ぎず、毎日オシャンティーなサードウェーブライフを地で実践しているパリジャンないしニューヨーカーはごくごく一部のハイエンド層であろう。とはいえ、長く街に暮らす人々は、お金はなくとも楽しく暮らす術をたくさん知っていて、日本と比べて不便な面も含めて享受している。

ボロボロにはがれた駅構内の張り紙、やたらと横揺れの激しい車両、運転手が時折友人を運転席に同乗させたり、パンをつまみながら運転していたりする、メトロのお気楽経営は、たった1,2分遅れただけで「申し訳ございません」のアナウンスが鳴り、駅員が力いっぱい乗客を押し込めないと扉が閉まらない東京の通勤電車網とは対照的である。

ここで出羽守よろしく日本批判を展開するつもりはない。少なくとも僕はまだ東京で暮らし働くことを選んでおり、狂ってるなーと思いつつも朝の中央線山手線東横線のラッシュに揉まれながらの通勤を続けており、いささか消耗しながらもなんだかんだと東京を愛しているのだが、とはいえやはり年中あの街にいると感性が殺されていくのは間違いなく、年に何回か体内の空気を入れ替える必要はありそうだ。「その気になればいつでも抜け出せる」という実感と繋がりを維持しておくことが、あとひといきのふんばりをもたらす。たぶん。
 
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29-30日の2日間は、フランスの北の果て、Etretat-エトルタ-という小さな街まで連れて行ってもらった。エトルタ、と書くがフランス語の発音だとむしろ”エトフタ”という響きに近い。どこまでも続くかのような断崖絶壁に、小さな砂浜と昔ながらの建築様式の町が囲まれたすり鉢状の地形となっている地域だ。

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早朝にパリを出て、午後に到着。宿にチェックインして荷物を預けたら、すぐに外へ飛び出した。

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町の左右はこんな感じで、柵もなにもない”崖”がどこまでも続く。波と風によって削られて出来上がった天然の回廊で、坂道を登る観光客は、さながら巡礼の民のようだ。

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ほとんど止むことなく風が吹き付けており、斜面の草木はペタンと寝ぐせが一方向についている。

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崖の凸凹はところどころ踊り場のように足を踏み入れやすくなっているのだが、ちょっと身を乗り出すとその真下は海、である。

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ここはアルセーヌ・ルパンが住んでいた町で、『奇巌城』のモデルとなったと言われる突起だったり、ちょっとした秘密基地みたいな穴ぐらだったりと、ひたすら歩いていても表情に変化があって、飽きない。日が落ちてきたので町まで戻ったが、足の疲れを忘れるぐらいに夢中で歩いていたようだ。

道中の電車や食事の際など、外を歩きまわっている時以外の多くは、「アパートメント」のことや、今年のそれぞれの暮らしについて話して過ごした。食事はあんまり美味しくなかったけどまぁご愛嬌。「これはないわーセンス疑うわー」と苦笑したのが、レストラン内部がやたらと原色チカチカ、赤と青のライトで彩られていたこと。バブル期のデスコか。知らんけど。昔の農耕や漁業の道具を使った調度品は良い雰囲気だったのに、台無し。まぁフランスだろうが日本だろうが、田舎に行くとこんなものである。

1年が経つのはあっという間であるが、その間に当番ノートはトータル6回転するわけで、今年も素晴らしい出会いがあった。相変わらず全く儲かってはいないが、この場の意義・役割というのはだんだんと見えてきた。書いている住人さん自身にとっても、読者のいる読み物コンテンツとしても、「アパートメント」の価値が最も大きくなるのは、熱量のある人同士の対流が生まれる瞬間だろう。しかるべき時に、しかるべき人同士が出会い、その時その人だからこそ書くべきものを書く。それが結果として一般性も帯びる。順番が逆になってはいけない。人が先、表出は後。

そういう意味では、「アパートメント」の編集・運営は入り口が命である。書く内容は基本的には自由なので、原稿を途中で校閲したり編集することはほぼない(相談に乗ることはある)。ただし、大きな方向付けというか、住人さんが気持よく書けて、それが結果面白くなるための働きかけは意識するようになった。

具体的には、僕自身が東京で会える限り、連載開始前に対面での打ち合わせをするようになった。打ち合わせ、といっても、「最近どうすか?」「何書きましょうかねぇ」というぐらいのノリで、雑談しながら飲み食いする時間なのだけど。メールで最初にお誘いする際には、もちろん、「なぜあなたに声をかけたか」をこちらから伝えてはいるが、それは過去の言動や作品から得た印象をもとに期待値を投げ込んでいるだけなので、その人本人の関心や問題意識、悩みやモヤモヤは別のところにあるかもしれない。わざわざ「アパートメント」で書いてくれるなら、そこに踏み込んでほしいので、キャッチボールが必要なのだ。僕にとっても本人にとっても答えが見えきっていないところで、温度とリズムを合わせながら、わたあめのようなボールを転がしている感じだ。店を出て解散する頃に特段結論が出ていないことも少なくないのだけど、連載が始まってみるといい感じのスタートを切ってくれることが多い。

もう一つは、これまで連載してくれた住人さんを「レビュアー」として連載ライターさんのペアにつけるという制度。連載ライターさん一人ひとりの表現内容や方法、在りようを見て、波長が合いそうだなという人にお願いをしている。連載記事を公開前に読んで、FacebookとTwitterの公式アカウントから流す、記事の紹介文を書いてもらっている。FacebookとTwitterのフィードでしか流せないのがもったいないぐらいに素晴らしい紹介文を、一生懸命書いてくれているので、ぜひこちらも読んでみてほしい。
https://www.facebook.com/apartment.home/
(データとしては内部に残っているので、再編集して再び読まれるような方法を考えたい。)

これは記事がより多く読まれるための宣伝施策という意味合いもあるが、やってみてそれ以上に良かったなと思うのは、ライターさんとレビュアーさんが相互に刺激し合うような様子が多く見られたこと。連載ライターさんにとっては、真っ先にレビューを寄せてくれる第一の読者・伴走者がいることは、連載を続ける上での支えになるだろうし、レビュアーさんにも、自分と違う表現をする人と、自分の人生との接点を見出す作業を楽しんでもらえたらと思っている。

来年は、こうした人の対流をより活性化させ、対流そのものに付加価値が生まれるような企画や仕掛けをつくっていくことで、住人さんにとっても読者のみなさんにとってもより良い出会いや発見がある場にしていきたい。

2日目は曇り空で、風もより一層強く、寒い日だった。

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午後2時半の満潮の頃。海辺まで降りて、足元まで寄ってくる波を見ながらぼーっと過ごした。エトルタの砂浜の石はどれも小さく丸っこい。崖の地層の中から落ちてきた岩石が、波に洗われて少しずつ角を落とし、石ころとなって海辺に堆積するらしい。

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海辺に散りばめられた小石たちは、大きな波が寄せてきたときにはパチパチと飛び跳ね、そしてカラカラカラーッという音を立てながら引き波に流されていく。

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かれこれ一時間ぐらいはそこで過ごしただろうか。寒さも忘れていた。
かおりさんがふと言う。
「ずーっと見ていられるね」

見る度に波と石ころたちは違う表情と音を見せるから、いくらでも見ていられる。
だけど、見ていても見ていなくても良い。
考え事やよそ見をしていても、自然はそんなことは気にしてもいない。
いつ戻ってきても、はじめての風景を変わらず繰り返している。
そして、私たち一人一人が、てんでバラバラに勝手な解釈をしたり、感動したり、する。

「表現をする時にも、こんなふうにあれたらなって、思うの」
かおりさんがまたポツリと言った。

誰が見ていようと見ていまいと、いつでもそこにある場所。
だけど、訪ねる人によって毎回その姿を変える場所。
「アパートメント」も、そういう空間であれたらと思う。