“アマシタマサル”とのやりとり。

長期滞在者

アマシタマサル 以下、ア” キャノン7Dのマークツーが出るのね、来月くらいに。
イガラシタカヒロ 以下、イ” あーそうなんですね。
ア” それ買おうかな(笑
イ” いくらくらいするんすか?
ア” わかんない。
イ” 高そうっすね。
ア” 15万とか。
イ” そんなもんすか?
ア” もっと高いかな?
イ” いや、全然わかんないっすけど(笑
ア” フルHDで、1秒間で60枚撮れるやつってないんだよね。
イ” 動画ですか?
ア” うん。60枚位撮れないと、スローモーションがソフトウェアだよりになっちゃうんだよね。
イ” あー。
ア” めんどくさいんだよね。もちろんできなかないんだけどさ。時間もかかるし。
イ” 綺麗なんすか?動画。
ア” うん、どうだろ。この前タイ行って、バンコク行って、5分ものが4つできたのね。
イ” おー。
ア” まだアッフしてないんだけど、今日みてアッフしようかなって。
イ” いいですね。
ア” みます?
イ” みます。え、あ、いま?じゃあ、見ますか?(笑
ア” あー、いまはいいか(笑
イ” まあ、そのアップされたのを楽しみにしようかな(笑
ア” うん。それみると綺麗なとこもあるし、綺麗じゃないところもあるし。
イ” へー。

ア” フォトショップとかのさ、色の自動補正ってあるじゃん。あれ使ったりする?
イ” あー、自動補正使わないっすね。なんで?
ア” 結果良ければ
イ” うん、結果良ければ全然別に。どうなんすかね?俺ホント使ってないんでわかんないんすけど、出来が。どれくらい適正になるのか。
ア” 8割方の写真が適正になる。残り2割がもとのほうがよかったなって、、感じかな。俺の主観だけど。
イ” ふーん、じゃ結構
ア” ちゃんとなる。まあねえ、どんな写真が好きかってのもあるじゃん。RGBがちゃんと均等に出てるほうがいいなってなればそれが適正だし、もっと偏った画が好きなら
イ” そうっすね。
ア” 音と一緒で、低音もちゃんとあって高音もちゃんと出てて、いい周波数がこうなってると一般的には心地いいわけじゃん。写真も一緒だから
イ” そうっすね。そのへんの感覚どうなんだろうって思うんすよね、自分で。あんま、ないような気がしますね。
ア” まあ、平均的な色の出力になったタカヒロさんの写真もみてみたいなって
イ” (笑
ア” 白出過ぎだなってこともあるだろうし、それが味だからっていえば味なんだけど。それが一般的な画質のよい写真になったときのタカヒロさんの写真もみてみたいなって(笑
イ” まあわからんではないっす。あと、切り貼りしてない写真をみてみたいっていわれることも多くて、それもまあわかるんですけど(笑
ア” あー。
イ” 撮ってはいるんですけどね、出してないだけで。
ア” 出しちゃうと、、タイミングによってはブレちゃうしね。
イ” そうなんですよね。でも、いまの段階でコラージュするっていう作業自体ちょっと過去になりつつあるんですよね。もちろんアルバムは特別なんで続けるんですけど、それ以外は切り貼りやめようと思ってるんですよ。で、そこで問題なのが、全然いい写真が撮れないっていう(笑
ア” そう?(笑 
イ” まあ、いい写真である必要もないんですけど
ア” でも出さない写真になんの意味があるのかっていう、、
イ” あ、それはありますよ。最近すごく思うのが、、時間。例えば池袋の駅前からパチって撮った1枚の写真が今はただの写真だけど、100年後にはその価値が変わってゆくっていう。そこのおもしろさにいま惹かれてて、それはアルバムにも通ずるんですけど。今コンパクトカメラで撮ってるのはそれに近くて、、思い出に撮ってるっていう。
ア” ふーん。
イ” 10年後20年後に、、発表するしないは別としても、見返したときになんかしら思うだろうなあって。だからもっと撮りたいんですよね。思い出写真的なものを。
ア” 思い出ね、、
イ” そうそう。
ア” なんかさ、俺いま45だけど、二十歳のときのことも、高校のときのことも、小学校のときのこともあまり色あせずに記憶に残ってるから、思い出っていうのがあまりピンとこないんだよね、まだ。やっぱ色あせてなんぼの思い出じゃん。
イ” そうですね。
ア” そう考えると、今後あと30年生きたとして、そこで思い出っていうふうに見返すことができない。まだ鮮明だから頭ん中で。
イ” そんな鮮明なんすか?(笑
ア” 思い出化してないんだよね。
イ” 現状なんですね。
ア” 今の話もロジカルにはわかるけども、心底ピンとはきてない。
イ” きてないんだ。でも、あのー、昔の写真とかみて、「うわ、若けーなあ、やっぱ」とかって思ったりしません?
ア” あー、それは思うか。
イ” まあ、そんな感じでいいと思うんですよね。すごい哀愁に浸るとかってことではなくて。なんか「あ、この服懐かしい」とかあるんですよ、子どもの頃の写真みてると。「このタンスのここにあのシール貼ってある、これすげー覚えてる!」とか。なんかそれだけでいいんですよ。
ア” それって子供時代はそうだけど、いまを起点とすると
イ” そう、そう。
ア” わかる?
イ” わかります。
ア” 同じ30年、40年じゃないから。
イ” んー、もうちょい突っ込んで話すと、、これって行為としてやってるって感じなんですよね。だから、、実際思い出として残したいっていう気持ちもあるんですけど、お母さんたちが作ってきた家族アルバムとは違うとは思うんですよ。ただ、その想いを尊重したいっていう気持ちから撮ってるってとこなんですよね。
ア” 、、、。
イ” 伝わってます?
ア” うん。軽い反論はしたけど、わかってる(笑
イ” (笑
ア” 最近海外行ったばっかだからその話ばっかりになるけど
イ” いいっすよ。
ア” あの、1番の目的地だったところがあって、バンコクからバスで1時間半のナコンパトム、、
イ” なんすかそれ(笑
ア” 地名。世界一高いお寺があるんだけど。1番初めに仏教が伝わったってところなんだけど、タイにね。
イ” へー。
ア” ホントでかいんだよ。こんなんなってて
イ” 人どんぐらいすか?(笑
ア” 人こんぐらいで、ソフトクリームみたいな形してるの。
イ” へー、すごいっすね。
ア” そこに行ったのね。で、それも目的だったし、さらにその近くに国がやってるフイルムセンターがあって。タイのフイルムセンターすごく親切で、ガイドがついててね、女の子が2人ついて歩きながら全部解説してくれるのよ。中が資料館になってて、この映画はこうでこうでこうで、この俳優はこうでこうでこうでって。
イ” それはタイ語で?
ア” 英語で。
イ” 英語わかるんですか?
ア” 多少は。ネイティブな人じゃないから、わかりやすい英語だし。で、1時間くらい回って。ビデオは駄目だけど写真はいいよって言われたから、撮って撮って。その日まるまる、、撮影もたくさんして。次の日にデータが飛んじゃって(笑
イ” 切ない(笑
ア” 切ないけど、さっきの話と同じ観点で言うと、その撮影した1日、ナコンパトムでの1日っていうのはもうテンション上がりまくりの素晴らしい1日だったから。ドーパミン出まくってたってことでいえば
イ” データが消えようと、、
ア” 残ってるってこと。
イ” なるほど。
ア” アルバムにしてるわけじゃないけど、その行為が消えてなくなるわけじゃないから。
イ” そうですね。そこもわかるんですよ、すごく。だから、、なんていうんだろ、、写真もそうなんですけど、Twitterとかもことあるごとにそこに落とし込むじゃないすか。実際ここにおもしろいことがあるのに。写真もそれに似てるところがあって、、例えば打ち上げ花火とか、あれも上がってるのを生でみてたほうが絶対いいのに、撮っちゃうっていう。
ア” インスタグラムとかいろんなメディアですごく綺麗な花火写真とかあがるじゃん。みんな褒められたいんだよ(笑
イ” 褒められたいっていうか(笑 それはどうかわかんないすけど、俺はどっちかっていうと残しときたいっていう感覚のほうが強いんですよね。あと〝ぼくは花火を見ました〟っていう証をつくっておきたいっていう感覚もあるんですよ。で、その感覚っていうのが自分的にやだなって思う時があるんですよ。アメさんの場合は〝そんな証を作らなくても刻まれてるんだよ、ここに!〟ってことじゃないですか?(笑
ア” そういう意味でいえば、写真を撮って残しておきたいっていう感覚はほぼゼロ。
イ” そうなんでしょうね。
ア” 撮ったときの写真としての単体のできがどうかっていう興味があって、それとは別に現状を楽しんでるっていうのがあって、、まあ、別かな。
イ” ぼくはそこが密着しちゃってる部分が強いんですよね、きっと。
ア” 写真なんて嘘だからっていうのがあるから。嘘の作り方、、まあそういうと誤解されちゃうかもしれないけど、物語りをどう生むかっていう。
イ” あーそれは前から言ってましたね。俺はいま残したい気持ちと残したくない気持ちが共存してるんで、そこのバランスとりながらって感じっすね。
ア” ふーん。

ame