バナナマンのはなし。

長期滞在者

生活していれば好きや嫌いは自然と湧き出てくるものだと思うのだけど
なぜゆえに好きなのか嫌いなのかもよく考えてみることにしている。
重要なのは結果よりも過程だと思っているからかもしれないし、
それは写真を撮っているからなのか、認知症介護に従事しているからなのか、
もしくは誰でもそう考えるものなのかもしれない。

ぼくが好きなものを想像してみる。
さまざまなものが頭の上でふわふわと思い浮かぶけど、
その中でも頭ひとつ飛び抜けている存在がお笑いだったりする。
ここ数年は特にバナナマン。
お笑いとはかけ離れた、或いは背中合わせの職場に身を置いていることが、
恐らくぼくの中でのお笑いの地位を揺るぎないものにしているのだと思う。

ぼくとバナナマンの出会いは、人間番号のピープル2をテレビ用に短縮したネタを、なにかのコント番組でみたのがいちばん最初だったはず。ロープ手品のやつ。その後、「君の席」というバナナマン・おぎやはぎ・ラーメンズの合同コントライブをみて感銘を受けた。それがきっかけで、おぎやはぎとラーメンズのネタはたくさんみた。バナナマンに関してはSugar Spotの「夏」というしんみりしてしまうネタをみたのだけど、当時あまりピンとこなかったのでそれきりになってしまった。

同じ頃、ダウンダウン松本と放送作家高須がメインパーソナリティを務めるラジオ「放送室」を友人の勧めで聴くようになる。ラジオに登場してくる小・中学生時代の同級生たちのはなしは、第三者に想いを馳せる行為を考察するきっかけになった。中でも2001.10.11の回は秀逸の一言。
ダウンタウン誕生の秘話となっているが、ぼくとしては小学生時代にコンビを組んでいた伊藤の回だと思っている。松本と伊藤は小学生の頃からの親友だった。浜田とは中学生の頃から急激に仲良くなった。そして松本、浜田、伊藤でよく遊ぶようになった時期があったという。そんなある日、浜田と伊藤が些細なことで取っ組み合いの喧嘩をして、それ以来松本は浜田とつるむようになり、伊藤とは疎遠になってしまった。そして浜田とコンビを組み、やがてダウンタウンが生まれる。
伊藤はいまのダウンタウンをどんな心持ちで眺めているのだろうかと、
ぼくとはなんの接点もない顔すら知らない伊藤の心境に幾度となく想いを馳せた。

ぼくは一度好きになると、下手をすると嫌いになってしまうまで何度も咀嚼する。
放送室も繰り返し聴き倒し、番組が終わってしまうとそれに代わる新しい声はないかと探しまわった。
そんなとき、お笑いファンが書いたブログに興味深い内容をみつけた。
それはバナナマンのラジオで2009.3.16の回についてだった。

それがきっかけでバナナマンのコントをもう一度きちんとみてみようと思うようになる。YouTubeを漁るとけっこーな数がヒットした。KURUKURU BIRDの「LAZY」で一気に魅了され、そうしてラジオやPodcastも聴くようになった。
かつての放送室のように繰り返し繰り返し。
理由はきっと同じなのだと思う。
設楽と日村の関係性。
設楽天才、日村ダメ人間、主導権を握る側と握られる側という立ち位置。
尊敬し合いつつもそこにはある意味しっかりとした上下関係のようなものが存在する。
だけどもそれは信頼のうえに成り立っているということ。
もっといえば、運命共同体だからこそ生まれる関係性。
ぼくがみているものがプロレスだとしてもそこに共感を覚えるし
多かれ少なかれその時々によってぼくは設楽にも日村にもなりえる。
その親近感がバナナマンをぼくにとって特別なものにしている。
そして、それは伊藤の心境に想いを馳せたのと同じく、すべてはぼくの勝手な解釈でその物語りを愉しんでいるにすぎない。
だけどそれでいい。
そこにあるものを如何に己に還元してゆくか、それがぼくにとってのみるということ。

 

笑いは生きる力を与えてくれるけど、とても暴力的なものでもある。
写真にも同じことが言える。
ぼくは笑うために彼らをみる。
ぼくにとっての写真が生きる動機に繋げる作業なのと同じように。