ユークリッドの部屋

長期滞在者

 サンパウロとカンピナスのちょうど中間くらいに、Jundiaíという街がある。ブラジルの中でも、人々の暮らしが豊かだと言われる街で、ユークリッドは、その街の中心街に住んでいた。
 ユークリッドというのは、わたしの叔父のことだ。叔父、と言っても血がつながっているわけでもなく、親戚でもない。彼は、わたしの実の叔母の親友で、わたしにとっては実のおじたちよりも、ずっと身近で大切な人物だ。そのせいか、わたしたちはいつしか ” Tio ” (叔父さん)と、” Sobrinha “(姪っ子)と呼び合うようになっていたし、妙な信頼関係で繋がっていた。

 ユークリッドは、実の両親を知らない。どんな経緯か、詳しくはわからないけれど、彼は幼くして裁判官の養子となった。未婚の母は、既に高齢で気難しい気性だったけれど、ユークリッドを引き受け、愛情を込めて育てた。
 わたしの叔母は、甘やかされすぎたお坊ちゃん、とユークリッドを批判することがあった。実際、ユークリッドは無茶なことをする人だった。お金に困ったことがなかったせいかもしれない。とにかく財布のひもが緩くて、どこか世間知らずだった。後先考えず大きな買い物をしたり、急に旅行に行ったり、衝動的な行動をとることが多かった。
 だけど、わたしはそんなユークリッドが、大好きだった。それは彼も同じようで、わたしはとにかく大事にしてもらったし、たくさん愛情を注いでもらった。親戚でもやってくれないようなことを、彼はわたしのためにしてくれた。わたしがサンパウロまで試験を受けに行かなくてはいけなかったとき、わざわざ仕事を休んでまで、試験会場に連れて行ってくれた。その日はひどい渋滞で、帰りは何時間もかかった。ユークリッドは、それでも、文句一つ言わなかった。うまくいくといいね、って、一緒に祈ってくれた。二次試験で落ちたとき、必死で励ましてくれたのもユークリッドだった。

 初めてユークリッドの部屋に行ったのは、わたしが十八かそこらのとき。Jundiaíの街が見渡せる、丘の上のマンションの八階に彼の部屋はあった。彼の母が亡くなった直後で、叔母とふたりで訪ねたように記憶している。
 掃除が大変だったよ、と寂しそうな笑いを浮かべた彼が、わたしたちを出迎えながら、お手伝いさんを解雇したよ、と言っていた。いつまで彼女にお金を支払えるか、わからないからって。
 いつもは甲高い声をあげて笑ったり、きゃっきゃと恋愛話をしたりするというのに、その日の彼は疲れた顔をしていた。まるでドラマの中の話のようだけれど、彼は遺産のことで母の親戚達ともめていたらしい。だから、精神的にかなり参っていた。自分にとって、唯一の家族だった人が亡くなって、ユークリッドは世界にぽつんと投げ出された。彼にとっては、再度訪れた果てしない孤独だった。
 なにか言わなくちゃ、と思っていたけれど、わたしは、ぎゅう、とユークリッドを抱きしめて、大変だったね、と、たったそれしか言えなかった。

 ユークリッドは、わたしを部屋の中へ案内してくれた。叔母はこの家の常連で、いちいちユークリッドの説明にいちゃもんをつけながら、暴露話を披露してくれた。お風呂場で起きた衝撃事件や、ユークリッドの性癖のいろいろまで、余すところなく聞かされた。ユークリッドは、心なしか元気さを取り戻していて、悲しくない笑顔をみせるようになってきた。叔母と楽しそうな言い合いをしながら、部屋のひとつひとつを丁寧に紹介してくれた。
 彼の書斎には、不思議なものがたくさんあった。写真や、彼が書いてきた記事、仕事のファイル、旅行先で集めたエスニックな置物、タペストリー、なにかよくわからない不思議な物体だとか、が綺麗に整理されていた。
 ユークリッドは、そのうちの一つの置物を楽しそうに指差して、これすごいんだよ、といたずらな顔をした。真っ黒なインディアンの木彫り人形で、その置物の頭を引き上げると、下腹部から巨大な男根がそそり立つ、というからくり人形だ。言葉を失ったわたしをみて、ユークリッドはお腹を抱えて笑った。それは、その日の彼がみせた、ほんとの笑いだった。

 リビングのソファで、ユークリッドと叔母が話し込んでいる間、わたしは窓辺に腰かけて、そこから見える夜の街並をながめた。高さがあるせいか街の中は、街灯がついているというのに、とても暗く見えた。車もちいぽけなミニチュアのようだった。
 街の外は、もう暗闇だ。高速道路にだけ、ぽつぽつと灯りがともっているけれど、それ以外はどこまでも真っ暗で、ほんとうに、なにもない宇宙に、ぼつんとひとりぽっちになってしまったような気持ちになった。それはあまりに寂しく、悲しい景色だったから、美しいとお世辞でも言いがたいものだった。
 ユークリッドは、毎日この景色をみてきたんだな、と思ったとき、どうしようもない気持ちになった。彼が男の人をとっかえひっかえしていたのも、無茶な買い物ばかりしていたことも、もしかしたらこの景色が原因だったんじゃないかって、思えた。
 引っ越した方がいいかもしれない、って思った。だけど、そんなことを彼に言い出す勇気はなかった。彼にとってこの部屋は、唯一の家族と暮らした場所だったから。彼にとって、大事な部屋だったから。

 だけど、それからしばらくして、ユークリッドはあのマンションの部屋を売った。いろんな人々に反対されたけれど、Jundiaíの新聞社を辞め、ブラジルの北部の街に引っ越してしまった。
 わたしが最後に彼に会ったのは、日本を出る二週間ほど前。一緒に過ごしたクリスマスの日だ。ユークリッドは、部屋の奥にわたしを呼び出して、北の街で出会った日系の男の子が最高だったの、と、こっそり秘密ののろけ話を聞かせてくれた。彼が北の街へ帰るとき、しばらく会えなくなることを、涙を流して悲しんでくれた。彼は北へ、わたしは日本へ、それぞれの思いを胸に、旅だっていかなくてはいけなかった。もしかしたら、彼にはわたしの不安がわかっていたのかもしれない。
 そのあとも、ユークリッドはころころ働く場所を変え、今現在はどこで働いているのか、どの街に暮らしているのかは聞いていない。だけど、年に一度のクリスマス休暇には、わたしの街にきて、わたしの親戚達と一緒に過ごすのだそうだ。もしかしたら、そこが、いまのユークリッドの部屋なのかもしれない。