体のはなし。

長期滞在者

 
煙草をやめて7年ほど経つ。とても煙草が好きだった。いまもときどき夢に出てくる。
むかしは料理などしたこともなく、アパートに冷蔵庫すらない状態だった。主食煙草、主菜珈琲みたいな生活をおくっていた。仕事をしながら作品造りをするために睡眠時間を削れるだけ削っていたし、それでもピョンピョン動きまわれる己の体に自信もあった。

あれは彼女さんと出会った頃だろうか、寝不足が続くと少し背中のあたりにピシッと痛みが走るようになった。でも痛みは数分で消え、それに比例してぼくの不安も消えた。
ある日いつものように煙草を吸っていると今までとはあきらかに種類の異なる激痛が胸のあたりを襲う。煙草を吸うのをやめ、しばらくすると痛みはおさまった。嫌な予感を頭の隅に押し退け「近ごろ忙しかったからな」ということにしておいた。煙草の本数を減らしてみたが、その2日後また激痛。心臓のあたりからカチカチと音がする。時計の針が動いてるような音。彼女さんにも胸に耳をあてて聞いてもらうと確かにカチカチと音がすると言う。「時限爆弾みたい!」なんてキャッキャしてみたものの、これはいよいよまともじゃないぞと重い腰をあげて病院に行くことにした。
診断結果は肺気胸。
簡単にいえば肺に穴があき空気が漏れて肺が萎んてしまう病気。
根本的な解決方法は手術しかない。脇腹から管を通して空気を抜く治療もあるし、安静にしていれば1週間ほどで治ってしまうのだけど、かなりの確率で再発する。
今回は1回目ということで自宅療養で様子をみることにした。10日ほどで発病前のように生活できるようになった。

それから年間3、4回ほど2、3日歩けなくなる程度の気胸を再発する。手術が嫌だったから病院に行かずに自然治癒することにしていた。
そうなってしまうとなにをするにも制約が生まれ、臆病になってしまう。煙草はもちろんやめた。動くこと自体に自信がなくなり、寝不足も天敵なのでクラブやイベントなどにも消極的になった。が、展示前などにはどうしても時間が足りなくなる。頑張りたいのに体の都合で頑張れないということがどれほど惨めなものか思い知らされた。自分の体が憎らしかった。

そして30才のある日曜日、いままでとは比べものにならないほどの痛みが上半身全体を襲う。タクシーで家になんとか辿り着いたのはいいが横になるどころか、どんな態勢でもスーパーしんどい。外傷の痛みとは違い、内臓がビリビリと引き裂かれているようだった。座ったまま痛みが引くのを待つ。冷や汗がタラタラと流れてゆく。外は小春日和で柔らかな陽射しが部屋に差し込む。彼女さんや母親の顔が何度も浮かんできたことを覚えている。やはり根っ子にはマザコン魂が宿っているのだろうか。やがで陽射しは夕焼け色に変わり、薄暗くなってゆく。ようやく激痛と耐えうる痛みの波が生まれ少しだけ楽になった。その状態で朝を迎え、病院に向かった。
レントゲンを撮ると左肺気胸で大量に出血していたことがわかった。看護師さんは「痛かったでしょー?」と明るく言った。即入院して空気と血を吸い出すことに。そして穴が塞がり肺が膨らんだら精密検査をして手術とのこと。
2週間脇腹から管を通して過ごし、肺が膨らんだとこを確認してからをCTを撮った。
両肺とも肺胞が嚢胞化したもの(細胞が薄くなっている部分)が無数にあった。両肺手術するのが好ましいが、まずは頻繁に空いてしまう左肺から。12センチほど開胸して嚢胞を切除する手術をおこなうことになった。
もちろん命を落とすような大病でもなければ、難易度の高い手術でもない。他人事なら「あぁ気胸ね」くらいで済ませてしまうほどのものだろう。
それでもやはり万が一を想像してしまう。「手術、失敗するんぢゃね?」なんていういつもなら笑い飛ばせるような悪気のない冗談も「デリカシーというものを考えろよ、この野郎」などとイラっとしてしまうし、逆に心配してくれたり励ましてもらえると「なんていい人なんだ!」とゴハンのひとつでも奢りたくなった。

6月上旬、4時間強、肺の3分の1を切除する手術が終わった。
病室のベッドで目覚めると彼女さんが椅子に座ってこちらを見ていた。ぼくは「どんな感じ?」と尋ねたら、彼女さんは「病人みたい」と笑った。

その日は眠くてひたすら寝続けた。夜熱が出たけど翌日には下がり個室から大部屋へ移った。
3日目から体のあちこちにつけられた管が徐々に外されていき、術後の痛みも和らいでいった。
入院中はなんとなく外部との接触を絶っていた。ほとんど空を眺めて過ごした。白眼の部分が真っ白になってびっくりした。
彼女さんは仕事の合間を縫っては甘いものを差し入れに来てくれた。
退院前日に両親が新潟からお見舞いに来てくれた。
そうして入院生活は終わった。
退院した日の帰り道、キラキラ光る街路樹の木洩れ日を見上げながら、ゆっくりと歩いた。家までの数百メートルを歩ききれるか心配だったけど、歩けた。

左胸部はそれから半年間ほど麻痺したままだった。
手術しても再発の可能性はあると担当医は言っていた。その言葉通り何度か再発している。でも癒着が起こったせいか症状はとても軽い。

肺のことを思うとき、いつか百音で交わしたオーナーとの会話を思い出す。
写真は自分と向き合う作業だとかなんとか話をしたときに、彼女は「自分と向き合うというのは精神的なものだけじゃないよね。体の声もちゃんと聞かないとね。」と言った。その通りだと思った。心と体はひとつなのだと。

その当たり前のことに気がつくまでずいぶん時間がかかってしまった。
経験を体に刻み込んで、心で咀嚼してからでないと、ぼくの場合、物事を理解することはできないようだ。
それもまた体と心がひとつである証なのかもしれない。