嘘をつく、とは

長期滞在者

出勤四日目の午後。浴室から「助けてー」という叫び声が聞こえてきた。僕が「今のなんですか?」と尋ねると、先輩スタッフは「菊池さんよ。」とうんざりしたように答えた。

菊池さんはとても穏やかなおばあちゃん。歩行も安定しており、食事も排泄も一人で出来る。調理などの生活リハやレクにも積極的に取り組んでいた。ただ、記憶できる時間がとても短く十分前のことはほとんど忘れてしまう。なので新たに出会う人たちは全員〝初めまして〟だし、ここがどこで、今がいつなのかわからない。菊池さんは過去の記憶の断片(五十代くらいまで)と、〝今〟だけを頼りに生活していた。なので現状を把握できないことで混乱してしまい、不穏状態に陥ることもあった。そして強い入浴拒否がある。

〝助けてー〟の叫び声を耳にした翌日、僕ははじめて彼女の入浴介助をすることになった。「とにかくやってみなさい。」が上司の沢村さんの教え方だった。

どうしたものかと思いながらも、脱衣室への誘導を試みる。
「菊池さん、お風呂の準備が出来ました。こちらへどうぞ。」
すると
「あら、ここはお風呂も入れるの?変わった会社ね、、申し訳ないけど私は家に帰ってから入るから遠慮しておくわ。」
と、釈然としない様子で答えた。
まるでここではないどこか別の場所にいるみたいだった。

少し押してみる。
「そうなんですね。でも、菊池さんのために湯船にお湯はっちゃったんですよ。このまま流しちゃうのも勿体無いし、せっかくだからどうですか?」
「そうなの?でも今日はやめておくわ。あなた入りなさいよ。」
「僕はもう入ったんですよ。皆さん順番に入ってるんです。次は菊池さんの番なのでどうぞ。次の方も準備して待っていらっしゃるので。」
「それなら先に皆さん入ってもらって。私は家に帰ってから入るからいいわ。」
「それが息子さんから伝言があって、ご自宅のお風呂故障中らしいんですよ。だから今日はここでお風呂を済ませて欲しいと頼まれているんですよ。」
「あら、そうなの?まあ昨夜も入ったし一日くらい入らなくても死にはしないもの。明日にするわ。なんだか体調が良くないのよ。」

説得出来そうにない。(少し時間を空け)別の声がけに切り替えてみる。次は説明なし。

菊池さんは以前ガーデニングをされていたので、フロアに飾ってあるお花を脱衣室に移動し、そこから
「菊池さ〜ん。ちょっとこちらへ来てもらっていいですか?」と呼んでみる。
「どうして?」
「ほら、このお花綺麗でしょ?いい香りするんですよ。これなんていう名前なんですか?菊池さんお花詳しいから知ってるかなあと思って。」
そのまま数秒待つと〝どれどれ〟といった感じでヨッコイショと重い腰をあげ脱衣室へやってきてくれた。

次が問題。入浴する意思があれば自身で更衣出来るのだけど、その気持ちがなければもちろん自ら服を脱ぐことはしない。入浴の同意なしに入浴してもらう方法を僕は思い浮かばなかった。
〝僕が脱がせる、、しかない?〟
少し躊躇しながら
「ぢゃあ、、ちょっといいですか。」
とシャツに手をかける。と、今まで温厚だった菊池さんの顔が険しくなり
「ちょ、ちょっとなにするのよ!」
と、声を荒げる。そうなってしまうと説明しないわけにはいかない。
「いや、お風呂の準備ができているので、、」
「お風呂は家で入ります!ちょっと触らないで!やめてちょうだい!」
ここで少しでも押すと
「たすけてー!」
と、なるのは目に見えていたので、すぐに引きさがる。菊池さんは怒って元居た席に戻ってしまった。

困った僕は沢村さんにいつもどうやっているのか聞いてみた。沢村さんは
「菊池さんに入浴する意思はないわよね?てことは、自分で脱ぐことはしないのだからあなたが脱がせるしかないわよね?」と、言った。
「そう思って脱がせようとしたんですけど、すごく怒っちゃいましたよ。」
「どうして怒ったと思う?」
「よくわかんない男にいきなり服を脱がされると思って、、混乱して、、ですか?」
「そう。現状把握が困難というところをもう少し掘り下げて考えてみなさい。それをケアに利用するの。〝本人が気付かないうちにお風呂に入ってる〟というのがベスト。はい、もう一回。」

何を言っているのかさっぱりわからない。

一時間後、再度脱衣室に誘導。今度はケア導入時の基本でもある〝おしゃべり〟で気分をあげ、頃合いを見計らって「ヘぇ〜ぢゃあ旦那さんは優しい方だったんですね。喧嘩とかしなかったんですか?僕なんかいつも喧嘩ばかりですよ〜。」などと言いながら、そっとシャツに手をかけてみる。すると、菊池さんはそれには気付いていない様子で「私達も喧嘩したわよ〜。こう見えても私は気が強いんだから!」と笑顔で話を続けている。
ようやく僕にもピンときた。記憶力、集中力、判断力の低下が現状把握を困難にする。それは、ひとつの物事に集中しているとき、他のことに意識を向ける余裕がなくなり思考停止状態になるということでもある。もちろんある一定のところまで認知症が進まないと成立しないケアではあるけども。
そのまま衣服をゆっくりと脱がしてゆく。途中「なにしてるの?」とか「お風呂に入るの?」と尋ねられるが、サラッと「違いますよ。」と答え、すかさず「そういえば菊池さんはガーデニングされてたんですよね?やっぱり土でお花の育ちって違ったりするんですか?僕も挑戦してみようかなってうんたらかんたら」と、考える隙を与えずひたすら気をそらす。
顔色を伺いながら、上の肌着だけ身につけた状態でお風呂場へ誘導する。あとは足元にゆっくりとお湯をかけながら(もちろんおしゃべりを続けながら)
「濡れちゃうからこれ脱ぎましょうか。」
と最後の一枚を脱いでもらう。
「あら、お風呂ね。」
ここまでくれば一安心。
はじめてにしては比較的スムーズに菊池さんの入浴介助を行うことが出来た。

このおしゃべりする方法で菊池さん含む三名の入浴拒否は解決していた。が、皆んなが皆んなうまくケア出来るわけではなかった。
なかには菊池さんを一度も入浴させることができないスタッフもいた。僕よりも五つ年下でここでは二年先輩の彼女は〝利用者さまを騙すようなことはしたくない〟と言い、その信念を決して譲らなかった。

沢村さんはそんな彼女に対して認知症ケアに向いていないと言い放った。成功すればストレスなく入浴出来るのだ。当然失敗すれば〝助けてー〟と叫ばなくてはならないほどのストレスを与えることになる。だからこそ、私たちはケアの精度をあげるため日々精進しなくてはならない、と。

半年が経ち、だいぶ仕事にも慣れてくると、僕にもこんな疑問が頭によぎるようになってきた。
僕は一体何を相手にしているのだろうか、と。
僕が向き合っているのは〝おじいちゃんおばあちゃん〟なのだろうか。それとも〝認知症〟というものなのだろうか。そもそも二つに違いはあるのだろうか。というか、そんなことを悩むこと自体馬鹿げたことなのだろうか、、正直よくわからなかった。
〝騙すようなことはしたくない〟そう言い切った彼女。そんな彼女に〝使えない〟の烙印を容赦なく押した沢村さん。僕はその間をゆらゆらと漂いながら、今日もまた、そのわからない何かと向き合うのだった。