父と母のはなし。

長期滞在者

 
祖父は東京で生まれ、都会の暮らしに疲れ、新潟の山の中へやってきた。そこで農業を営む祖母と出会い、結婚した。
山仕事などなにひとつできない祖父。体も病弱だった。
今思えば祖母が一家を支えようとがんばっていたのだろう、と
酒の入った父は、居眠り中の祖母を眺めながら話はじめた。

20代の頃、僕の里帰りは旧友と会うための里帰りだった。
今は親孝行のための里帰り。
ぼくが「また時間つくって遊びにくるね」というと、「無理して帰ってこなくても大丈夫だよ」と言っていた父が、最近では「うん、時間みつけて帰ってきてくれな」そう言うようになった。
両親は60を過ぎ、まだまだ若いと言いつつも、父も母も、そしてぼくも終わりをうっすらと意識している。

里帰りをしても多くの時間を家で過ごす。
父は酒が大好きで昼間から焼酎を呑み、母は夕食の準備に忙しい。
兄弟は同じ市内に住んでいるが大抵は夕食になるまではやってこない。
祖母はデイサービスで17時頃に帰ってくる。
僕はインスタントコーヒーに、いつもなら入れないクリープと砂糖を入れ、それをゆっくり飲みながら、静かな生活音に耳を傾けている。

日が沈み、やがて一家団欒となる。
父はアルコールが入ると饒舌となり、幾度となく同じ昔話を繰り返す。武勇伝やら政治の話やら仕事の話やら愛の話やら支離滅裂で、子供たちは半ば呆れたように話を聞き流し、料理をつまむ。孫はキャーキャーと騒ぎまわり、母はそんな光景をみて笑う。祖母は椅子で居眠りをしている、、

酒好きだった祖父は早くに脳梗塞で倒れ、床につく。
父は妹を学校へ出すために中学卒業と同時に集団就職をして横浜の料理屋で働きはじめる。
そこで若き日の母と出会う。すぐに意気投合しやがて同棲生活がはじまる。
母も農家の娘だったが家は大きく裕福に育った。どうにか地元で農業を営みながら生活したいと考えていた父にとって母との出会いは運命的だったという。
父20歳、母19歳、ふたりは結婚する。
結婚して蓋をあけてみると父の家は金銭的にとても苦しく、母は「騙された!」と思ったらしい。父は結婚して数週間後には母を田舎に残し出稼ぎにでる。残された母は気の強い姑との辛い生活がはじまった。
やがて兄が生まれ、ぼくが生まれ、弟が生まれる。
父は夏には米を作り、冬は出稼ぎをするという生活が15年ほど続けた。不眠不休で働き金銭的にはかなり余裕がでてきた。仕事の付き合いで覚えた酒が生きがいのひとつとなる。
母は内職をし、子育てに精を出した。姑との関係はあまり良いともいえないが、だからといってどうすることもできない。近所のママ友達と一緒に海に行ったり、バーベキューをしたりするのが唯一の楽しみだったという。
父にとっても母にとっても、辛く苦しい時期だった。乗り切れたのは子供たちがいてくれたからだと声を揃える。
父と母の青春時代だ。

その青春にぼくも途中参加している。
ぼくの記憶。
あの頃、父や母がみていた光景。
同じ時間の中、それぞれの想いがあり、父と母とぼくの記憶が入り交じる。
そこにはまだ知れぬ物語りが隠されている。

悲しい物語りかもしれない。
後悔の物語りかもしれない。
でも、愛の物語りであることには変わりはない。

いつかぼくに子供ができたら、わずかばかりの希望をまじえて、父と母の物語りを話してあげたいなと、そう思う。