物語りのはなし。

長期滞在者

 
ぼくがハタチ前後の頃、体は東京にあったけど心は新潟にあった。
高校を卒業して音楽をするという名目で上京していたけれど、右も左もわからず、ただ暮らすためにバイトをしているようなもので、東京に生活はなかった。
お盆や正月時期に里帰りして、地元の友人たちと遊ぶのが唯一の楽しみだったので、学生でもないのにそこそこ長期の休みをとったりしていた。いまとは違い、里帰りをしても家族と顔をあわせるのは1時間程度で、寝る間も惜しんで友人たちと遊びほうけていた。田舎なので遊ぶところもなかったけれど、くだらないお喋りで朝まで楽しめるテンションを持ち合わせていた。
あのときもっと有意義に時間を使っていたらまた違うぼくがいるかもしれない。
けど、やっぱりあの頃のぼくにはああするしかなかったようにも思える。

ある年の夏の日
地元の友人とふたりで、新潟市内に住む友人のところへ遊びにいった。
地元から新潟市までは高速を使って車で2時間ほどかかる。
友人が車を出してくれたので、ぼくはMDに音楽を入れ、ドライブしながら小旅行することになった。
友人は柏崎の大学に通っていて(後に特養で働く)、新潟の友人は福祉の専門学校卒業後、特養で働いていた。そしてぼくも後に同じ業界で働くこととなる。いまになってみると不思議なものだ。

そんなぼくらは、道中いろいろと話をしていたはずだけど、その内容は全く記憶にない。
ただ当時のぼくの選曲は憶えている。
90年代のUKロックやパワーポップ、オルタナやブレイク・ビーツを中心にかけていた。インディアンロープマンというバンドをえらく気に入っていたのだけど、そういえば、あれ以降全く聴いていない。

曲がりくねった山道を進み、高速に乗る。
安い軽自動車はアクセルを踏んでもスピードが出ない。
走行中に変な音さえしだす始末。
「だいじょうぶか?この車、、」なんてふざけ合っていたら
後ろの荷物室のドアがパカンと開いてしまい、慌てて路肩に寄せようとすると、エンストしてしまった。なんとか邪魔にならないところに駐車したあと、しばらくふたりで笑い転げていた。
あの夏、ぼくらは、大抵のことは笑うことで乗り越えられると思っていた。
しっかりとドアを閉めて、再出発した。

高速を降りるとしばらくまっすぐな道が続く。天気は良く、エアコンがほとんど効かないから窓はあけっぱなし。風がぼくらの髪の毛をボサボサにする。大好きな音楽が車内を満たし、草木が焼けるような夏のにおいがする。心踊る。ぼくはコンパクトカメラを取り出し写真を撮った。

これはそういう写真。
なんの変哲もないひとこま。そして、小さな物語りが息づいている。

それは、時に、こんなスナップで姿を表すかもしれないし、色彩のみで表現されることもある。コラージュを使っていたり、複写だったりするかもしれない。ぼくにとってはどれも同じこと。すべてに物語りが存在する。伝わるかどうかはまた別のはなし、、だけど、個人的で普遍的であるためには物語りが必要不可欠だと感じている。

その記憶を共有するにはどうしたら良いか、それを模索する旅こそが、ぼくにとっての写真なのだろうと思う今日この頃。