町のはなし。

長期滞在者

 
「松代町(まつだいまち)は、新潟県の南西にあった東頸城郡の東端に位置していた町である。
2005年4月1日に十日町市および東頸城郡松之山町、中魚沼郡川西町・中里村と合併し新設の十日町市となったため消滅した。」

ウィキペディアにはこう記載されている。
それがぼくの育った町だ。

近年では大地の芸術祭の舞台にもなっていて、先日帰郷したときも多くの人で賑わっていた。
ぼくが上京してから17年が過ぎ、町の様子も少しばかり変わった。

ぼくの記憶にある町の夏は、なにもなくって、退屈で、キラキラしている。

山と空にのみ込まれるように点在する民家。
ひとけのない道。
トタン屋根。
プール。
虫。
届きそうな白い雲。
青々とした稲。
てぬぐい。
農作業する腰の曲がった老人。
豪快な笑い声。
銀歯。
草木の匂い。
焼けつく太陽。
家族。
蝉の声。
汗。
西瓜。
砂埃をたたせ走る大型トラック。
ぼく、あの娘。
真っ黒に日焼けした子ども。
自転車。
白いシャツ。
早口で愛嬌のある方言。
あいつやあいつやあいつやあいつ。
風の音。
揺れる木々。
鳥のさえずり。
広がる空。

その気になれば、町の空気感やいたるところで起きた出来事の記憶を蘇らせることができる。
胸がつまるような、あの感じ。

例えば、ある夏の土曜の夜。友人の両親が旅行中というので男女8人で家呑みをした。
まわりに民家はなく、酔っ払うと各々勝手に外に出ては散歩したり、寝っ転がっておしゃべりしたり、吐いたり介抱したりと好き勝手やっていた。気がつくと部屋には、ぼくと、当時片想いしていた女の子しかいなくなっていた。
「みんなどっかいっちゃったね。」というと、「だね。」とだけ彼女は答え、つまらなそうにグラスの中の氷をラカラカと弄んでいた。
これはどうにかして盛り上げねばと頑張ってはみるが気のない返事ばかり。
ぼくがガキ使かなにかの話の流れで「浜ちゃんの笑い声って楽しそうでいいよね」というと、彼女は「こんなこというとあれなんだけど、あたしタカヒロの笑い声って嫌いなんだよね。ごめんね、ホントごめんね。」と、あ!そういえばみたいな感じでサラッという。「まぢ?そういうこと本人にいう?」とおどけてはみたものの心は動揺していた。
そのあと2人で星を眺めに外へ出てみたが空はうっすら明るんできていた。彼女が「帰りたい。」というのでバイクの後ろに乗せて家の近所まで送る。
ぼくも帰ることにした。
いくつかの山を越えて、坂を登りきったらぼくの家、という所でバイクを停めて朝霧のかかった景色を眺めた。
清々しい朝にはそぐわないほど傷ついてるし、惨めな気分なのに、それでもやっぱり、どうしようもなくあの娘が好きなんだって思うと、悲しくなった。

いまとなってはどうでもよいこと。

先日帰郷した際、いじけながら眺めたあの場所へ立ち寄ることができた。
確かにそこにはあの風景があった。だけど、ぼくの記憶ほどリアルな感情を呼び起こしてはくれなかった。

町はそんな場所に溢れている。

すべての物語りを内包しているはずのその場所は、
まるでなにもなかったかのように、
ただただ今のためだけに存在しているみたいだった。