雌伏の五月。

長期滞在者

小学生のためののロックコンサートでのパフォーマンスと、
なんだか本格的に仕事になりつつある陶芸のあれこれで、
5月もまたあっという間だった。

だからといって猛烈に忙しいという事もないので、
相変わらず、日本のアニメとかテレビ番組を動画サイトでチェックしたりはしている。
今期のベストアニメはダントツで『ピンポン』だろう。
それに続くのは『ジョジョ』、『河合荘』、『監督不行届き』あたりか。(あくまでも個人的好み)
まあなんといっても『ピンポン』。今期はこれだけ観てればいい感じ。
声優がいいし、作画がハンパなくいいし、演出もすばらしい。
監督が湯浅政明。この人がこんな作画演出するとはちょっと驚いたが、
これまでの作品を考えると、確かに松本大洋の原作にはこの人しかいないんじゃないかとも思わせる。
いろんな意味で、タツノコプロの意地と底力を感じる。
あと野沢雅子の声はスゴいな。オババのドスの利いた存在感が滲み出る声。
ドラゴンボールとかもうやんなきゃいいのに。
ともあれ、『坂道のアポロン』以来ひさびさに放映が楽しみな作品だ。

今更こんなことを言っても、視聴率(=儲け)主義のテレビギョーカイはどうしようもないのかもしれないが、
やっぱりこの「待ってました!」という感じは大事にして欲しいなあ、と思う。
芸人が自分の芸を作り込むってことをやらなくなったのもそのせいだしなあ。
宮崎駿じゃないけど、アニメ作品ってのはやっぱりその世界を一から作り込まなきゃならないわけで、
待つ時間が否応なく発生する。それを待ってる方はいろいろ期待したり妄想したりするわけで、
それに乗っかったり裏切ったりするっていう演出側の企みもいろいろ膨らむ。
そういうのはバラエティ番組なんかにはほとんど残ってないもんなあ。

そういうえばこのあいだ日本の某国営放送局に勤める友人がたまたまブリュッセルに来たので、
例の頭の悪そうな新会長の無知ぶりや労組の時代錯誤ぶりや若いスタッフの勘違いぶりなどなど、
面白い話をいろいろ聞いたのだけど、でもやっぱり民放に比べればと言うか、
民放は(アニメ以外)全滅なので、某国営放送局に頑張ってもらわないとなあ、という話になった。

他力本願ばかりでもしかたないので、自分のフィールドで自分の出来る事はやっとかなきゃなあとは
思うのだけど、鬱病の余韻を引きずった半ヒキコモリに出来る事と言えば、まずは読書くらいである。
それも最近の物作りフィーバーで、ちょっと停滞気味。あれこれつまみ読みはするのだけども、
本に腰が入らない。新しい本を買ってないせいかもしれないが、積読本もけっこうあるから言い訳にはならん。
なので、とりあえず読み直しておくべき本などを見繕ってだーっと読み下したりし始めた。

昨日引っ張りだしたのは『空の思想史』(立川武蔵著)っていう本。一回読んで大体わかったようなつもりでいた本も、
もう一回読み返してみると、うわーなんかすげぇ事が書いてある、とおもうようなことが時々あったりして面白いと、改めて思う。この本の内容が面白いのはまあ、タイトルからだけでも察して欲しい。著者の立川武蔵氏はハーバード大学のインド学科で博士号をとっていて、今は民博の名誉教授らしい。本文冒頭の記述によると「われわれ日本人は、自らの文化的伝統を他の文化の人々に向かって、精緻な言葉によって説明するという伝統を養って来なかった。(中略)…だが、これからの世代においてそのような態度は続けられないだろう。」ということがあるので、その一助とするために日本文化の柱の一つである仏教の空の思想について一冊にまとめておこう、という意図によって、この本は書かれたらしい。
こういう観点で書かれた本というのは、外国に住んでいる日本人にとっては本当に有り難い。
とにかく、日本人というのは、自分たちの宗教どころか文化についても言語についても語るべき言葉も方法もほとんど学んできていないし、外国の文化や人に接するときにそれをやろうと思えば、基本、独学するしかない。
だからこの本もそうだし『茶の本』も『武士道』も『代表的日本人』も『禅と日本文化』も外国に住む日本人が読んでおくべき本なのだけど、こういう本にきちんと接している人にあった事がないのは残念で仕方がない。ということはつまり、別に日本が西洋の通り一遍のエキゾティシズムで片付けられて物珍しがられるだけのものであっても、まあしょーがないね、と大体の日本人が思っているってことなんだけど、そんなんでいいのか?と不思議に思う。
不思議には思うけど、別にそのあたりを啓蒙して歩こうという気もさらさらないないので、まあおれはおれで、まあしょーがないね、という類いなのだろうなあ。

さて、明日からまたみっちりやきもの三昧の日々が始まるのだが、
こんなおれでも、やきものを通して西洋に日本をつきつけてやろう、
くらいの事はちょっと思っていたりはするのだった。