内のはなし。

長期滞在者

 
世界はとどまることなく変化し続け、人は流れに身を任せ、生まれてから死にゆくまで、数々の出来事を体験して、不完璧な人生に意味を見出してゆく。
そのひとりひとりの想像するという行為が意味を生み世界を創り出してゆく。「ゆく」ことが前提のはなし。結局ぼくは

_は、人生に対するぼくなりの返答。であり、_が織り成す視覚実験。または、可能性をさぐる旅でもある。
しかくこうか?
被写体ありき。対峙にて実現可能な対峙にて
かのうせい?
光と闇、現実と虚構、記憶と記録、現在と過去、日常と混沌、生と死、
時間。
虚実。が、内包する。から曖昧。

ぼくがみているせかいがすべて

確かなものとは手に触れることができる物質的なもののはずなのに、精神的なものが個人の存在を普遍的なものに変える。

肉体は儚い。

想像、その行為。は、重要である。この小さな頭で考える。小さな頭と小さな心で考える。ああ、ああ。
想像とは意味と同義語である。
ミロのヴィーナスの両腕と下半身。

か、関係性の

十人十色、万人に共通する答えなんてものはない。
だからこそぼくはぼくの体験したことを大切にしていきたい。
この手に感じることのできる、きみ。

個人的で普遍的。

現実と虚構。は、写真の中に
生と死、肉体と魂、愛と憎しみ、数えきれないほどの、、
は、人間の中に
相対するふたつのものが交差するとき
問いが生まれ
人間らしさが現れる。

ぼくは

なんのために生まれてきた?
人生とは?
地球からみたら人の一生なんて些細なもの。
宇宙からみたら地球なんて些細なもの。
死が無へと誘い
意味などないように思われる。
それでもまだ生きてる。
それでもまだ生きてる。
それでもまだ生きてる。
痛みも喜びも感じる。

ああ、ぼくは感じるから考える。

万物は複写
ぼくは父と母の
細胞は分裂
細胞のような記憶の伝染
君はぼくになり、ぼくもまた君になる
記憶の螺旋
複写はそれ関係性

虚コウ 表現とシテは 語りツクサレテイて 今ヲ どうやって乗りキッテゆく か そのヒントになり得るものの一ツがアートであってほしい。

祖母と山菜。と、ぼく。
受け継がれる記憶の

ぼくに子供が生まれ
やがて孫が生まれ
それがいまだとして
その孫を腕に抱きながら
なにを語りかけるだろうか。
いち、悲惨な世の中に絶望し、孫の未来を悲観し可哀想だと嘆く。
に、世界は捨てたもんぢゃないと、大人のうそを織り交ぜた作り話を聞かせる。
両者には愛がある。
愛だけでは足りない。
未来には希望が必要だ。

ぼくは馬鹿だから本当のことは知らない。

くらいぼく あかるいぼく ぼくのはなしはもううんざり

作家は作品を説明する言葉を持たなくてはならない。作品はその言葉を観る者の心に届ける説得力を持たなくてはならない。

理解。和解。融解。

人生はただ美しいというにはあまりにも乱暴すぎるし老いや死が悪いことではなく恐れることですらないと頭でわかっていたり説き伏せられたとしても待ってくれ老いも死も確かに悲しいと感じてしまうぼくがいるしそれよりも悪いのがあんなに素敵に笑っていたあのひとが死にたいと思ってしまうような状況をつくってしまったことを気づけなかった不甲斐なさに心を引き裂かれて大袈裟ではなく絶望やそのたぐいの感情ががが辛くて先が真っ暗闇で見えないことはとても恐ろしくて人生はただ美しいなんて言葉に心底中指を立て

喜びも悲しみも受容したのちに人生は美しいと。

記憶がなくなり、不安の中、人生が消えてゆくことに混乱し、やがては身体機能も奪われ、植物状態になる認知症。人生とは?の最たるものかもしれない。

幸せと不幸せ

答えは出ていない
現場で働くぼくとしては
前向きな捉え方をしなくてはやってられない。なげだすわけにはいかない。生活をあずかる。関わることの重み。
ざんぞんのうりょくとせかいのちょうわ。
光を見出して喜んでみせる。
多かれ少なかれ、ぼくたちもそうやって生きてる。

この、ここのところをずんずんと掘り下げると名も知らない誰かのあんなところと共通するものがある。と気がついたことに気がついたり
個人的な記憶を。そのものがたり。を、通して輪っかをつくったり。ああ、汚れていて美しいものに昇華させたい。

きれいごとはきらいじゃない
なぜか、わからないけど
ぼくにはわからないことが多すぎる
だからぜんぶわかってしまう

きみが元気ならぼくも元気
わかってる
本当は間違ってる
きみが元気じゃなくてもぼくが元気でいることこそ思いやりというもの
寄り添うとは

くりかえし

万物は複写。
同じものはない。

記憶の螺旋。