入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

頼りない天使

長期滞在者

アリスとひろしくんに会ったあとは、しばらくフィッシュマンズばかり聴くことになる。
二人がよく歌うから、つい口ずさんでしまうのだ。
かなしいとぉーきにぃー
うーかーぶーのわぁーあー
珍しく酔っ払ったアリスの歌声を思い出して、また「いかれたBaby」を再生する。

アリスと知り合ってから、行くよ、と何度も言っていた台湾に、ようやく行くことができた。
台湾で暮らすアリスと、珈琲屋のひろしくん、ドーナツ屋の耕さんと4泊5日。

ひろしくんと出会ったのも、アリスと出会ったのも、2015年の夏だ。
耕さん(このときはまだドーナツ屋じゃなかった)と一緒に、ひろしくんの店(このときから珈琲屋だった)を目がけて、尾道に行ったのが始まり。
その数日後に、ひろしくんとアリスが出会って、わたしの部屋にやってきたのだ。ギターとバイオリンをかついで。

わたしたちは、一週間も一緒に暮らした。

「3人で暮らしたときが一番元気だったよ」と、久しぶりに会ったひろしくんに言うと、「さっき、アリスとも同じことを話してた」と笑った。

台湾へ出発する数日前に、アリスが旅程表を作ってくれた。
その内容はこんな感じ。

一日目、台湾到着、九份泊
二日目、九份探索、夜は松山夜市でごはん(アリスは用事があるので夜まで不在)
三日目、おむすびを作りながら朝食→山登り→ピクニック、温泉→夕飯はお粥
四日目、フリマ、手作り市、細野晴臣ライブ(時間があったらエビ釣り)

山登りは、前日の晩の大富豪大会によって、中止された。
随時新ルールが追加され、勝っても負けても必ず誰かが再戦を望むので、全然眠れなくて、全然起きられなかったのだ。

代わりに、スーパーで買い出しをして、帰りに買ってきた餃子をつまみながら、耕さんの育てたお米で塩むすび(海苔で巻く)、マッシュルームのサラダ、豚肉の卵炒めを(ほとんどひろしくんが)作り、タッパーに詰めて出かけた。古着屋でファッションショーをしたり、雑貨屋や生活用品店で買い物をしたりと寄り道ばかりしていたので、公園に着くころには、辺りは夕ごはんの気配がしていたけれど。

寒空の下で公園の遊具に向かい合って座り、震えながらおむすびを頬張る自分たちが可笑しかった。

どうにかなるし、どうにもならなくても愉快。
3人でいると、素直にそう思える。

温泉へ移動するバスの中で、耕さんが「ひろしくんもアリスもゆきのさんも、みんなぼくにやさしくて、すごい」とひとりごとみたいに言った。
温泉に浸かって話していたら、アリスが「みんな本当にやさしいな」と、感心するような口ぶりで、しみじみと言う。「そんなことないよ。わたしは全然余裕がなくって、やさしくしてもらうばかりだと思う。やさしいのはアリスだよ」「わたしは日本語がうまくないから、話すのが遅くて、みんなは面倒に思ってないか心配」面倒くさいって思ったことなんて一度もないよ(実際、アリスの日本語はとてもうまい)、と言うと「ほらーやさしいー」と笑われた。

「この4人で、ずっとこんな風にいられたらいいなア」

わたしたちは、どこか全然知らない土地へ行ったとしても、睡眠を優先したりトランプ・ゲームに興じたり、お弁当を作ってピクニックをしたりして、普段もそこで暮らしている人たちみたいに過ごすような気がする。
そんな予感が生まれる関係は、安心する。
一人ではできないことができそうな気がするのだから、人と一緒にいるのはすごいことだ。

27835808_1593735017382994_1169147315_o

今回の台湾旅行は、細野晴臣の台湾ライブがそもそものきっかけだった。
わたしも耕さんも細野さんが大好きだけれど、ひろしくんとアリスの存在がなければ、台湾にまで行くことはなかったかもしれない。

ライブハウスの周りにできた長い列を眺めながら、初日の九份で一緒だった、りょうちゃんという男の子を待つ。りょうちゃんは、ひろしくんの友達で、歌を歌いながら世界を旅している。彼も、会うとなんだかほっとする存在だ。たったの二日ぶりだけど、また会えて嬉しい。

細野さんの作るリズムには、体温がぐっと上がるような感覚を覚える。
夏の田んぼ道で聴くカエルの合唱とか、魚が水を跳ねる微かな音を聴いた瞬間のような、時代も場所も超えて喜びをもたらしてくれるエッセンスが、細野さんの音楽には混ざっている。
「風をあつめて」を聴けたことは、宝物のような出来事だ。

ライブ自体が最高だったことはいうまでもないけれど、目が合うと笑ってくれる人がいること、みんなで踊りとはいえない動きでふにふにと踊ったこと(朝、練習したのだ)噛みしめて幸せになる。一緒に行けて本当によかった。

台湾に着く直前まで、仕事や金銭的な不安から自分を楽しませることに否定的になっていて、「台湾に行けない」と言ってしまいたいのをなんとか抑えているような状態だった。
本当は、台湾にいる間も、楽しいあとの無力感がコントロールできず、情けなくて、みんなと一緒にいることが辛くなることが何度かあった。ダメになる寸前で、耕さんの手を握る。それでなんとか、底まで落ちるのを踏みとどまっていた。

ライブのあとでエビ釣りに行ったのだが、幸福感の揺れ戻しか、辛くてその場にいられなくなってしまった。お酒を飲んで楽しそうだったアリスが、途端に申し訳なさそうな顔になり、謝ってくる。耕さんが付き添ってくれて、帰りのタクシーの中で「ライブ楽しかったねぇ」と言ってくれる。翌朝、朝食を食べに行く道の途中で、ひろしくんが「りょうも僕も気にしてないよ」と何気なく言う。

せめてこの人たちに、あんまり心配をかけないようになりたい。
きっと、気にしなくっていいと言うだろうし、そもそも全く心配をかけないなんてことは無理だと分かっているけれど、せめて。それにはもう少し、自分のことも大切にしなくてはいけないと思う。「毎日を健やかに暮らそう」って、ひろしくんとも約束したのだ。

アリスとひろしくんが、古道具屋で買ったというインスタントカメラを初日にくれた。たくさん撮って、わくわくしながら現像に出したけれど、ネガは真っ黒で、写真は一枚も撮れていなかった。古いものだったから、仕方ない。

次に会うときは、新品の“写ルンです”を買わなくちゃ。と、今から意気込んでいる。

中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県生まれ。書店員をしたり、小さな本屋の店長をしたりしていました。

Reviewed by
小沼 理

音楽、震えながら食べたおむすび、夜更けまで続いたトランプ・ゲーム。友人たちとの4泊5日の台湾旅行を彩るひそやかなエピソードを、中田さんは拾い集めた草花やきれいな石を並べるように綴っていく。その隅っこのほうには、不安定になってみんなの輪を離れてしまった話も、きちんと置かれている。

大切な人に心配をかけたことは、苦い記憶として残る。やさしく許されるほど悲しくなったりして。だけどそんな風になるのは、無理をしたり、旅行中のハイな気分でうやむやにするのに比べたらつらいけど、そのほうがずっといいと思う。破れたようにだったとしても、正直になっているからだ。

もちろん、正直でいることだけが良いわけじゃないし、無理をすることが間違っているわけでもない。だけど誰もごまかせない、どうにもならない嵐はきっと、それぞれの激しさで人生に訪れる。
そんな時を一緒に過ごした人を、人は大切に思うのだろう。いかれてても、頼りなくてもオーケー。そんな温かな場所で、健やかに暮らすことを学んでいく。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る