入居者名・記事名・タグで
検索できます。

今あるタグ

3F/長期滞在者&more

美をめぐる断章2

長期滞在者

eyecatch

子供の頃、釣りが好きだった。
それこそ、寝ても覚めても釣りのことばかりを考えていた。

特に心を惹かれたのはヤマメやニジマス、イワナなどの渓流魚だった。少し後で、それらが河川残留型、陸封型の魚と呼ばれ、降海型の魚とは異なる生を送るということを知った。これらの魚のほとんどは、川を下り海へ出る。陸封型の魚は、運命づけられた海への出帆を拒んだもの、あるいは何らかの事情でそれを妨げられたものである。

陸封型の魚は降海型とは少し異なる進化をとげる。外見を見ても、降海型の同種の魚のようなある種のおおらかさには欠けているが、きりりと締まった美しさとしなやかさを持つ。

海のダイナミックさや果てしない広がりという健康的なイメージとは対照的に、山には「分け入る」というエロティックなイメージがあるように思う。ヤマメは山女魚あるいは山女というなんとなく淫靡な香りのする文字を持つことを知ったのはいつだったろう。降海型の魚は、その生の最後に故郷への決死行を企て、来る世代へ命を繋ぎ、果てるが、川にとどまった個体は2度目の産卵を行うこともあるという。

イワナも本来は降海型なのだが、岩魚という文字の印象よろしく淡水をより好む。「サビ」とよばれる冬期の灰色がかった体には、温かくなるにしたがい、サケ科特有の華やかな模様が浮かび上がってくる。通常、山女魚とは流域の住み分けをしている。しかし、生息域のバランスが崩れると両者は貪りあい、交雑する。

海へ出ることをやめた魚たちはエゴイスティックに見えるかもしれない。しかし、彼らは紛うことなき美しい姿を獲得し、旺盛で獰猛な生を謳歌する。だが、何かを得るためには、きっと、何かを失うのだ。孤独な美の探究者がここにもいる。

写真:オディロン・ルドン『花雲』1903年(部分)
Odilon Redon “Nuages fleuris”, 1903
(domaine public)

須藤 岳史

須藤 岳史

ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ在住。

Reviewed by
Leiko Dairokuno

ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、須藤岳史さんによる「美をめぐる断章」第二回。

孤独ゆえに守られ、磨かれる美がある。
須藤さん曰く、ヤマメやニジマス、イワナなどの魚は、多くの魚と違って海に出ることなく、陸内に留まって一生を終えるらしい。「海へ出ることをやめた魚たちはエゴイスティックに見えるかもしれない。しかし、彼らは紛うことなき美しい姿を獲得し、旺盛で獰猛な生を謳歌する」「何かを得るためには、きっと、何かを失うのだ」と。

他の種とは交わらず独自の進化を遂げていく。己の美を求め孤高に生きるのは、魚も人間も同じかもしれない。
ルドンは幻想性と夢想性に溢れた独自の世界観を守り、孤独で豊かな愛の溢れる美しいブーケを描き続けたし、
不遇な家庭環境で育ち、幼い頃から重度のアルコール依存症になったユトリロは、寂しく光る切ない白を手に入れた。
若かりし頃の恩地孝四郎は、親友を失った悲しみ、憤懣や絶望、不安、希望などの内なる感情を、抽象的形態と色彩で表現し、日本近代木版画の基礎を築いた。

孤独を抱え続けたものの、ひたむきな祈り。それは2月の満月のように、寒空に光り輝くのだ。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る