美をめぐる断章2

長期滞在者

eyecatch

子供の頃、釣りが好きだった。
それこそ、寝ても覚めても釣りのことばかりを考えていた。

特に心を惹かれたのはヤマメやニジマス、イワナなどの渓流魚だった。少し後で、それらが河川残留型、陸封型の魚と呼ばれ、降海型の魚とは異なる生を送るということを知った。これらの魚のほとんどは、川を下り海へ出る。陸封型の魚は、運命づけられた海への出帆を拒んだもの、あるいは何らかの事情でそれを妨げられたものである。

陸封型の魚は降海型とは少し異なる進化をとげる。外見を見ても、降海型の同種の魚のようなある種のおおらかさには欠けているが、きりりと締まった美しさとしなやかさを持つ。

海のダイナミックさや果てしない広がりという健康的なイメージとは対照的に、山には「分け入る」というエロティックなイメージがあるように思う。ヤマメは山女魚あるいは山女というなんとなく淫靡な香りのする文字を持つことを知ったのはいつだったろう。降海型の魚は、その生の最後に故郷への決死行を企て、来る世代へ命を繋ぎ、果てるが、川にとどまった個体は2度目の産卵を行うこともあるという。

イワナも本来は降海型なのだが、岩魚という文字の印象よろしく淡水をより好む。「サビ」とよばれる冬期の灰色がかった体には、温かくなるにしたがい、サケ科特有の華やかな模様が浮かび上がってくる。通常、山女魚とは流域の住み分けをしている。しかし、生息域のバランスが崩れると両者は貪りあい、交雑する。

海へ出ることをやめた魚たちはエゴイスティックに見えるかもしれない。しかし、彼らは紛うことなき美しい姿を獲得し、旺盛で獰猛な生を謳歌する。だが、何かを得るためには、きっと、何かを失うのだ。孤独な美の探究者がここにもいる。

写真:オディロン・ルドン『花雲』1903年(部分)
Odilon Redon “Nuages fleuris”, 1903
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