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2F/当番ノート

ジョン・レノンにはなれない

当番ノート 第6期

私が住むマンションには、ゲイのカップルが住んでいる。
私は2人が好きだ。
名字が違う、でも少し似た雰囲気を持つ二人はいつも控えめに過ごしているように見える。
フレンチブルドッグを一匹飼っていて、夕方もしくはたまに朝に2人でその一匹と散歩に出る。
私もライカという名前のダックスフンドと散歩に出ると時々2人と会って、少したわいもない立ち話をする。
穏やかな話し方をする2人は、程好い距離を持ってこのマンションに住んでいる。

マンションでは何年かの持ち回りで管理組合の理事が回ってくる。
私がその理事だった時。
マンションに住む人からの苦情で彼ら2人のことが上がったことがあった。
苦情の内容は
「片方の彼が、帰ってくるもう片方の彼を迎えにマンションの入り口まで行くのが怖い」
というものだった。

私はきょとん。としてしまった。
私は芯から、それが何故苦情になるのかわからなかったのだ。そして今もわからない。
「もしこれが新婚の奥さんが同じことをしたとしても苦情にはならないですよね」
と言って、今度は私がきょとん、とされた。

昔、男の人しか好きになれない男の人を好きになったことがある。
私たちは随分と長い間友だちで。私は随分と長いこと彼を好きだった。

「秘密がある。」
と彼は言った。
僕には秘密があるから君の気持ちには応えられない。
そう言われても私たちは友だちだったし、恋心はなんとなく諦めても、手も繋がぬ彼をずっと好ましく思っていた。

知り合ってから7年目。あれも冬の寒い日だった。
電車で片道2時間をかけて、一人暮らしをしている私の部屋に彼が訪ねてきた。
いつものように近況報告にもならないようなくだらない話をして笑って。
いつものように布団を2つ隣に敷いて潜りこんだ。

「秘密がある、と言ったこと覚えてる?」
それはもうその頃には何年も前の話になっていた。
引っ越し好きの私が3回引っ越しをするぐらいの間。
「僕は同性しか好きになれないんだ。」
と彼が言った時。
私はほっとしたのだった。
彼が身を切るような告白をした時に、私は自分のことをまず想った。
―――私が彼に愛されないのは、私が女だからだ、ステージが違うから仕方ないんだ。
醜い魂があるとしたら私だと思う。

その夜。私たちは初めて身体を重ねた。
ゲイだと告白を受けてセックスをするなんて可笑しいと想う。
私たち自身もそう言って笑った。
でもそれはとても自然なことだった。

それから二度と。私たちはそうなることはなかった。
特に避けたわけではない。
潮の満ち引きのように、人と人には物事にはタイミングというものがあるのだと思う。
私たちはその時なるべくしてそうなったし、その上で自然と二度と手を繋がない選択をした。
それでも私たちは変わることなく友人で。
私が結婚した時には夫の人を紹介したし、彼のパートナーを紹介してもらったこともある。
夫の人が私へのクリスマスプレゼントを彼が働いている店で買うのに、1日デートにつきあわさせられたと笑っていた。
彼はパートナーを良く変えたけれど、長く一緒に居れる人が欲しいと言っていた。

そういえばあの不思議な夜。彼はたくさんの生きていく上での不安を吐き出すように黒い闇に溢していた。
その不安はビー玉のように転がって。
私はそれを拾い集めてせめてビロードのような柔らかい布で包みたいと想ったんだった。

私は彼を好きだったし。
同じマンションに住む穏やかに笑う彼らも好ましく思っている。

そしてわからなくなる。
セクシャリティに関する問題を云々言いたいわけじゃない。
私はただわからないのだ。彼らが彼らであるだけで忌避する人の気持ちが。

人は自分と同じ匂いのする人は安心するし、違うものは不安になる。
不安に対して好奇心を持つ人もいるし、不安は排除したい人もいる。
でも重要なのは「自分の不安を人に預けない」ことだと思う。
自分の不安は自分のものだ。
不安を人に預けるということは、原因を外においてそれを排除したり潰したりすることで安心を得ようとするということだと思う。
でも根っこの自分はそのままだから、不安は次から次へと生まれてくる。
すると安心のために、カテゴライズを始める。
カテゴライズして自分と違うものには関わらない触れないことで安全地帯を作ろうとする。

でも、ね。
そんなのつまらないじゃない?

あの日、自分の不安を夜の闇に溢しても誰かのせいにしない彼を愛しいと思った。
私はジョン・レノンにはなれない。ダライ・ラマにもガンジーにもなれない。
あの時ほっとした醜い魂を抱えて生きていく。
それでも。わけることなくそのままの混沌を愛したい。自分の醜さも含めて。

わざと違くあろうとしなくても、同じであろうとしなくても、人はもう居るだけでみんなそれぞれ違う。
綺麗なものだけが愛しいわけではない。きれいも汚いも。理解できるも理解できないも。
わけずに飲み込みたい、のだ。

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