手、から派生するあれこれ

スタッフの部屋

イガラシさんのこのおばあちゃんの手の写真をカフェでの展示の時にもっと小さいサイズで見て、とても好きだと思った。
花を摘んでいる手にはじめは見えたのだけれど、きっとこれは食べるものを摘んだ手。もしかしたらおばあちゃんが育てたなにかかもしれない。

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私のおばあちゃんを撮りたい、と思ったのがひとを撮りたいと思った最初かもしれない。
その頃私は自分のルーツのようなものに興味を惹かれていた。
精神的なルーツというよりはもっと直截的な、この血や肉で成り立っているいま現在の自分が、それを持つからこそ発生する精神の行き先のようなこと。
ひとりでおばあちゃんの生まれ故郷に行っておばあちゃんが踊っていた能台に触れたり、ただ黙って知らない土地の川の流れを沿って歩いた。
なぜ私は踊るのかということにまでそのルーツに理由を見つけようとしたり、自分のなかの矛盾の答えを血に見出そうとしたりしていた時期。

わたしはひとのいない写真ばかりを撮っていた。
その景色から誰もいなくなるのを待ち構えて撮っていた。
ひとりでいる時にしか写真を撮ることができなかった。
カメラを向けるという行為はわたしにとってそのものにただ一対一で触れようとすることで、他の存在が入り込むことを雑音のように感じていた。

ひとと向かい合う時、その人が私に注意を向けている間はなかなか落ち着いて対面することができない。そのひとの目の前にいる自分自身の在り方のほうが、うんと気にかかってしまうから。
自分が重ねてきたすべてを見透かされることを恥じているのかもしれない。もっと単純な、なにか気安くてうわずったサービス精神のようなものかもしれない。
誰かと話しているひとを眺めること、他のことに気をむけているひとを見つめること、そういう風にしかうまく誰かに触れることができないことをもどかしく感じていた。

自分の手が恥ずかしかった時期があった。自分のからだが相応じゃない気がする時期があった。
イメージするわたしの身体は不思議な国のアリスみたいにばかに大きくて、同時にひどくちっぽけだった。目に見える自分の姿とイメージとしての像、実際のからだが発する質や量や重さはそれぞれが全然釣り合わず、どうおさめてどこに落とし込めばよいか分からなかった。
だからわたしにとって踊ることは、からだを把握する作業は、必要でたいせつなことだったのだと思う。
何かを整えて考えたい時に、真に自分が感じていたことを思い出したい時に、わたしはいつも、いまだに自分の手を見つめる。
私のなかにそのずれや、誤差を擦り合わせる感覚が多く残っているとしたら、それは紛れもなく手にあって、わたしは手を見つめることで自分の肉をかんじ、ほんとうなの?と尋ねているのだと思う。

おばあちゃんの指はリウマチで第一関節が固く曲がってしまっている。
手を撮らせて、と言うとおばあちゃんは恥ずかしがって指を手のひらのなかにたくしこんだ。
氷槍でへこんだ中指も分厚くなった爪も、わたしは好きなのにな。
 

私の写真は、会話でもなければ世界と繋がるすべですら、まだ、ない。
自分は小さな部屋にいて、細く窓を開いて世界のほんの一部を覗き見している。
それがわたしを見ないうちに盗み見る。
そうして世界のほんのいちぶを自分の視界のものにしている気になっているのかもしれない。
その時に撮ったおばあちゃんは、たぶんわたしにしか撮れないものだっただろう。ほんとうにへたくそだったけれど。
今ならまた違う風に撮るのだろうか。わからない。

生きて発すること、なぞるやりかた全てに「そのひと」は染み付く。
長年の作業が指の角質を固くするように、骨を歪めるように、からだの在り方にそのひとがにじむように。
写され、書かれ、うたわれ、描かれ・・その瞬間はいつまでもそこにはないけれど、いつのまにかわたしの側に宿っている。
ふるい落としきれない像を残すから、私はそこからそのひとの輪郭をたどる。
歩みをはかる。

アパートメントに住むひとたちの声をわたしはそんな風にきいている。

そういえばイガラシさんは誰もいない風景のなかに、そこにはいなかった人を貼り付ける作品をつくっているな。
ふと、そんなことも思った。