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この感情は何グラム?

はてなを浮かべる

「では、お願いします。」

1

僕は腕の中に抱えていたはてなを差し出した。
白衣を着た人がそれを両手で受け取って、薄汚れた秤にそっと乗せる。

2

「うーん、残念。もう少しといったところですね。」

「はぁ。そうですか。」

「見た目は大きいのになあ。」

また来てください、の一言を添えて、手馴れた様子で僕のはてなは返される。

「次の方。」

すぐさま別の人が入ってくる。
同じようにして、抱えていたはてなを差し出す。

「よろしくお願いします。」

「はぁい。」

今度のはてなは、ぐるん、と跳ねるように針を傾けた。

「あら、合格ですね。隣の部屋へどうぞ。」

「ありがとうございます!」

合格をもらったその人は嬉しそうに隣の部屋へ向かっていった。
隣の部屋からは何人もの人々の泣き声が聞こえる。しばらくすると、さっきの人の声も混ざりだした。

ここでは、その部屋に入れる人だけが、「   」と言うことを許される。

僕のはてなはまだ足りなかった。
自分ではずいぶん重く感じるんだけど、なんだか中身がないみたいに軽いそうだ。

隣の部屋から聞こえる泣き声は高らかに、堂々とした佇まいでその音を響かせている。
その音を避けるように外に出ると、僕ははてなを抱え直した。

わかばやしまりあ

わかばやしまりあ

描いたり食べたり生きたりしている

Reviewed by
さかいかさ

「師匠、世界が真っ赤っかですね」
「そうじゃなタイポ。秋がすぐそこにいるんじゃよ」
トマト師匠と弟子のタイポがやってきたのは、山々が紅葉で色づいた秋の島『オータムフォールアイランド』。別名『アキアキ島』。水平線に太陽が近づき、辺りを一層の赤色に染めていく。トマト師匠の赤い顔は赤くなりすぎて、ほとんど黒だ。人々はもうすぐやってくる夜長に構えて、夕暮れの赤光を浴びようと中央広場に集まっていた。そこでひとりの太った男が何かをはじめようとしていた。小さなテーブルの上に、季節はずれのかき氷機のようなものが置いてある。
「師匠、なんでしょうかね?」
「う〜ん、どうもかき氷を売るってわけでもなさそうじゃな」
男は、かき氷機のようなものの動作を入念にチェックしていた。ボルトを締め、ペダルをゆっくり回し、台座の汚れを入念に拭き取った。ひと通りの点検が終わると、額に溜まった汗を手ぬぐいでぬぐった。太った男はいちいち汗をかく。男は息を整え、小さなのぼり旗をサクッとテーブルの横に突きさした。のぼり旗には『人生のお友達、その1台、本換本機』と書いてあった。
「師匠、いったいなんて読むんでしょう」
「ほんかんほんきじゃろか。なんじゃろな」
太った男の周りに暇そうな見物人が集まってきた。皆、なんだろうかという顔をしている。小さな女の子が男に近づき無邪気に言った。
「おじちゃん、かき氷ちょうだい」
「お嬢ちゃん、残念だけど、これはかき氷を作る機械じゃないんだよ」
男はテーブルに置いてあった本を1冊取り上げ、見物人たちに見せた。
「ここに1冊の本があります」
その本は数年前の大ベストセラーミステリー小説だった。発売当時は売れに売れたが、しばらくすると古本店に大量に並びだし、在庫過剰により値崩れして、今では誰も読まない本だった。見物人たちは「あぁ〜」「知ってる」「読んだ読んだ」と口々に言った。
男はその本をかき氷機のような機械の台座に置き、上部のハンドルを回してプレスすると、今度は横についたペダルを勢いよく回しだした。
「師匠、本でかき氷でも作るんでしょうか」
「さぁ、わしにはわからん」
「師匠、ところであの小説知ってます?」
「馬鹿にするでない。知っておる。あれは、あれじゃ、そうじゃ、男と女が出てくる話じゃ」
「師匠〜、だいたいの小説には男と女が出てくるもんですよ」
「むぅ〜、それより見よ。太った男が汗だくじゃ」
男は目一杯の力でペダルを回していた。台座の上の本は高速回転しながら、美しい無数のラインを引いた。
「ただ今、この本の文章を純粋な文字列としてアウトライン変換しながら、本の宇宙に飛ばしているところです。そしてその本の宇宙から多次元的構造交換をしようというわけです。わかりますでしょうか?本の宇宙、略して本宙です。本宙、本宙、アイウォンチュー。ブック、ブック、ブックの宇宙、ブック宙、ブッ宙、アイウォンチューに、ブッチュ、ブッチュッッチュー!」
ぴたりとペダルを止め、ハンドルを回してプレスをゆるめると、男は台座にのった本を取り上げ、見物人たちに見せた。
それは今現在大ヒット中で、予約待ちしてもなかなか手に入らない新しい本だった。
太った男は汗をぬぐいながら「ほら、このとおり」と言って、二カっと笑った。
本のタイトルは『男と愛と女と愛と』だった。
「タイポよ、ワシはあれも知っとるぞ。間違いなく男と女が出てくる話じゃ」

◆◆◆◆◆◆◆◆

「よしよし、師匠、さっそく試してみましょう」
「タイポは本を持っておるのか?」
秋の夜長、ホテルの部屋では、弟子のタイポが太った男から買ったかき氷機、もとい本換本機をうれしそうに箱から出していた。
「実は1冊だけ持っているんですよ。これです」
「タイポよ、それはワシの書いた本じゃないか」
タイポの手には『初心者でもカンタン修得、はてな拳1000の技』(はてな拳99代目奥義継承者:果てなトマト著)が握られていた。
「それはいかんじゃろ〜弟子としていかんじゃろ〜モラル、モラルじゃろ〜」
「でも師匠、ボクが持ってる本これしかないんで、さ〜せん、さ〜せん」
タイポは『初心者でもカンタン修得、はてな拳1000の技』を本換本機にセットして、ハンドルでプレスするとペダルを回した。
「何になるかな。何がでるかな。楽しみですね師匠」
「ぐぐぐ、タイポよ〜、そのかわりに道場で山積みになっておるこの本の在庫を100冊は売るんじゃぞ。よいな」
「はいはい、わかりましたよ。1冊10円で売りますよ〜」
「タ〜イ〜ポ〜〜〜」
「あっ、師匠できあがったみたいです。違う本になりましたよ。なんだろ。なんだろ。百億光年のはてな?とまとまと著?」
「それは〜〜!!!!!」
「師匠、知ってるんですか?」
「それは、ダメじゃ、かせ、ワシにかせ!」
「え〜、ひょっとしてこれも師匠の本ですか〜?」
「なんだ、残念がりおって、とにかくそれをワシに渡すんじゃ」
「いやですよ。一応、これはボクのものですよ」
「だめだ、開くな、読むな」
「え〜、そう言われると逆に読みたいですよ〜」
「いいか、タイポよ。それは、驚くんじゃないぞ。それは、ワシが18歳の時に自費出版した詩集じゃよ。今ではワシも持っとらんし、すっかり忘れとったもんなんじゃ。だから、こっちに渡すんじゃ」
「え〜!!!ぜったいやです」
「だから開くな!あああ〜!読むな〜」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はてなとはてな」


はてなとはてながくっついた
ぼくは
それを
まてな とよんだ

まてなとまてながくっついた
ぼくは
それを
いてな とよんだ

いてなといてながくっついた
ぼくは
それを
ねてな とよんだ

ねてなとねてながくっついた
ぼくは
それを
はてな とよんだ

はてなとはてながくっついた
ぼくは
それに
みてな といって 旅にでた

もうもどらない予定だ


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「師匠、秋なんですねぇ」
「そうじゃ、秋なんじゃの〜」

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