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2F/当番ノート

終章 「そこもとに落ちた真理は必ずすくい上げられる」

当番ノート 第20期

男が泉に触れると、
彼は透明となり、自らの形を失くしつつあった。

まもなく男は断片として、自らに帰すのであった。

瓦礫の町の心たる彼は、失ったものを探すことをやめ、
人々の輪郭へ、鏡の中へ、戻ろうとしていた。

「男よ、おまえは象そのものだ。
失うことで自らを得る。
そうして得たものは失うことがない。」

どこからか声がした。

風がざっと男をさらっていった。

男はもうそこにはいなかった。

彼のほほえみだけが、
泉のほとりに残っているようだった。

こうして、人々の心の幽脱による男の旅は終わった。
男の断片は世界にあり、また男は今も反復している。
しかし、瓦礫と象の目を失くした男の物語は、
ひとまずここで終わりとする。

男はあの街の、
瓦礫によって失われた心が
すべて光をもって歩みだすまで、
世界に片鱗として、残り続けるであろう。

淺野 彩香

淺野 彩香

1989年東京生まれ。
『現代詩手帖』2013年3月号
「現代北欧詩特集」ペンッティ・サーリッツァ自選詩集共訳。
詩人となるべく、精進中。

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