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2F/当番ノート

根無し草の放蕩息子が「会社」で働いてみて3年

当番ノート 第30期

「未来にどうなろうと、そこで働いているうちは、5年10年と続けるつもりで仕事に本気で打ち込んだ方がきっと良いよ」

今の会社で働き出してから、もうすぐ3年が経つ。

折に触れて思い出すのは、岡田育さんから言われたこの言葉。ニューヨークでの大学院留学から帰ってきて、今の会社で働き出す前の隙間の時間、北参道のとあるオフィスで帰国報告に訪ねたときのことだった。

岡田育さんは、出版社で雑誌や書籍の編集に携わってきたのち、独立して文筆家として活動されている方だ。出版・編集業界に長くいる方々はともかく、インターネットに書かれた文章から彼女のことを知った、という人も少なくないのではないだろうか。僕もTwitter経由で育さんの文章を読むようになった口で、やっぱりネット経由で知り合った津田大介さんのご紹介でお会いしたのである。

「人生ソロ活動」を掲げながら、もののはずみで結婚してみたら案外良かったよというエッセイ『嫁へ行くつもりじゃなかった』をはじめ、肩肘張らずに軽やかに歩いていくような文体がとても好きで、僕が勝手に懷いている(ちなみにこの「アパートメント」でも連載してもらったことがある)。

よくよく考えたら僕は彼女の「勤め人時代」を知らないわけで、すでにフリーランスで立派に活動している先輩から、冒頭のような言葉を入社前に言われたというのが、大きかったのだと思う。
 
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「自由な働き方」とか「組織に縛られない働き方」といった言葉をよく聞くようになった。

ここでいう「自由」とは、単に働く場所や時間の柔軟さを指すものなのか、それとももっと深い哲学レベルの話なのか、語る人によってそれぞれだろうから、ここでは深く問わない。

でも、「自由な働き方」を積極的に発信・推奨する人たちの一部には、僕と同世代かそれよりもっと若い人も少なくなく、彼らが共通して「会社に所属する」ということへの何か大きな抵抗を示すことに対しては、ちょっと危ういなと感じることもある。

「そこまで”自由”に縛られなくてもいいんじゃないの」、と。
 
 
かくいう僕も、一般的な“就職活動”というものをしてきていない。

大学学部の卒業と東日本大震災が重なって、その後誘われるままにあれよあれよと東北に通うようになり、果ては石巻に移住して地元の人たちと一緒に事業をやることになった。その後ニューヨークの大学院に留学したのだけれど、この頃からちょっとずつライターやリサーチャーとしてのお仕事をもらえるようにもなり、自分のペン一本でちょっとでも稼ぎを得られるという状況は、借金まみれの院生生活のなかで、物理的にも精神的にも自分の支えになった。

その後帰国して今の会社に入社したけど、これもなんというかご縁みたいなもので、まだ会社が小さかった学部生の頃からお世話になっていたこともあり、「そろそろうち来なよ」的に声をかけてもらうままに飛び込んだのであった。

今もフルタイムの正社員として働く傍ら、まぁそんなに頻繁ではないけど、フリーのライターとして、他の媒体などでも細々と記事を書いたりもしている(今の仕事と近いジャンルを扱うことが多く、結果的にプラスの繋がりや学びが生まれることもしばしば)。

仕事も進学も、割と行き当たりばったりで、ご縁に導かれるままに来ている感じはする。

そう考えるとまぁ、自分も「自由な働き方」族に括られる位置にいるのかもしれない。

「お前が会社員をやっていること自体が驚きだわ」
と、ついこないだも言われたし。

だけど僕が思うのは、「ひとつの組織に身を置いて働くことは、決して不自由でもなんでもない」ということだ。

会社や組織全体の成長にも比例して出来ることは増えてくるし、その中で自分のキャパシティも広がっているから当然と言えば当然なのだが、そもそも実際にその組織に入るまでは見えないことの方が多いわけで、組織の中にしっかり根を張ってはじめて、見えてくる風景や、挑戦できることがある。

知ってみて、関わってみて、責任を負ってはじめて出来るようになることは少なくない。

組織に所属しないことで確保できる自由というのも、あると思う。引き受けるのも断るのも自分の返答ひとつで決まるから、自分の手元にある選択肢の中からどれを選ぶかは完全に自由だ。でもそれは、「背負う」ことによって新たな選択肢が与えられるという可能性を、捨てることでもあると思う。
(もちろんフリーランスといっても色んな働き方やキャリアの積み重ね方があるから、労働形態の違いだけで一概には言えないけれど) 
 
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3年経って振り返ってみると、「おぉ、案外色々やれるようになったもんだなぁ」ということに気づく。
(日々の業務では「あぁ、やりたいことたくさんあるのにまだこれだけしか出来てないくそう死にたい」的に凹むことの方がよほど多いのだけど)

3年目の今年は、会社の新事業であるインターネットメディアの編集長を務めることになり、けっこうな人数の編集部スタッフと、外部のライターさんたちと一緒に、チームでメディアを作っていくという、責任ある経験をさせてもらっている。
(それからつい最近、社長が新書を出したのだけど、その構成・編集にも携わらせてもらった。ネットと紙ではまた違う学びがある。)

2年目はなんというかちょっと特殊な立ち位置で、社外や他部署の人との研究プロジェクトを運営したりとか、新卒採用をして回ったりとか、ほとんどピン芸人みたいな感じだった。これはけっこうしんどかったのだけど、「一人で頑張る」よりも「チームでやる」ことの方がよほど大きなことが出来るということを身をもって知ったのはこの期間だし、ここで得た視点やつながりは、3年目の今でもプラスになっている。

何より1年目に、店舗(教室)サービスの現場でたくさんのお客さん(子ども達や保護者の方々)と触れ合う中で教わったことは、今のネット事業をやる上での下支えになっていると思う。

入社前に石巻でやってきたこと、大学院留学中に泣きそうになりながらも学んできたこと、自己流ながらも書き手として積み重ねてきた視点や技術も、なんやかんや含めて今の仕事の助けになっている。

僕の場合は特に、「関わる人たちに対しての責任を果たす」、「相手の期待にはきっちり応える」といったことが自分の原動力になりやる傾向が強いのかもしれないが、その都度その都度、置かれた環境で”一所懸命”にやった結果は、未来になって大きな”お釣り”となって返ってくるのだと実感する。

1年目に見えていた風景より、3年目に見える風景の方が、より広くて鮮やかであることに気づく。今まで見えていなかったものが見えるようになることで、また次の課題や挑戦が見えてくる。次の山を登った5年目にはまたきっと、違う風景が見えていることだろう。

結果がどうあれ、5年10年先を見据えて組織で働くことは、”今”の自分にとっても”未来”の自分にとっても、きっと悪いことではないと思うのだ。

ここ最近のことなんだけど、ちょっとした変化がある。

「お前ももうちょっと自分の意思出した方がいいんじゃないの?」

「で、結局、事業リーダーになりたいの?編集者になりたいの?書き手になりたいの?」

違う部署だけどずっとお世話になってる人とか、いまの部署のボスとかに、そんなことをよく言われるようになった。

選べと言われてもそんな殺生な、出来ることがあればなんでもやりまっせというスタンスでやってきたのだが、そういうわけにもいかないフェーズらしい。

半年や1年スパンであれば、色んなことをまずはやってみる、というのも無駄にはなるまい。でも、「10年」というスパンで考えた時に、限られた時間や成長機会をどう使っていくかをしっかり決めておかないと、どこかで限界は来てしまう。そうなる前に、ちゃんと決めておきなさいよ、じゃないとそれにあったキャリアも作っていけないよ、ということだろう。

なんて書いてしまうとドライに聞こえるが、会社の先輩たちが僕自身の「10年」を後悔のない良い時間にしてほしいと思ってくださっていることは、会話の節々から伝わってくるから、しっかり答えるべき問いなのだと思う。

それに、自分の心が向かう方向に力を注ぐことが、結果的にチームや会社や社会のお役にも立てるのだということを、本当はもう知っている。

まだちょっと過渡期なんだけど、たぶん、概ね答えは見えている。

今度ちゃんと言葉にして伝えなきゃな。

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鈴木 悠平

鈴木 悠平

文筆家/インターミディエイター®
ウェブマガジン「アパートメント」管理人

ひと・もの・ことの閒-あわい-に横たわるなにかを見つめて、掬って、かたちにしたり、しなかったり、誰かに贈ったり、分かち合ったりしています。

株式会社閒 代表取締役 / NPO法人soar理事 / とどけるプロジェクト共同代表 など

Reviewed by
大見謝 将伍

「会社」というのは、テーブルなんじゃないか、とふと思った。

なんにもないところにテーブルが置かれる(会社ができる)。テーブルがあれば、腰掛けられるイスがあるといい。

社員の数だけイスが置かれ、もちろん、その人数によってテーブルの大きさも違う。その机の上にプロジェクトが持ち込まれて、その場にいるみんなで仕事をうまく分配していくような。

みんなで話合いながら分配方法から決めるところもあれば、分配者は決まってて振り分ける担当がいたりところもある。

それぞれが、自分のやることが決まったら、イスから立ち上がって、各々やることに向かって動きはじめる。そのなかで、少し迷いがあったら、テーブルに戻りイスに座って相談できる拠りどころになったり、動いた結果を持ち帰ってきて、次の作戦会議をするような場になったりもする。

大事にしたいのは、あくまでイスから離れ、動いていくときの一人ひとりの意思だったり、その動き方そのもの。テーブルは、その精神性も身体性も、すべてをコントロールすることはできない。

だからこそ、その人がイスから離れたとき、一個人として動きやすいように卓を囲んであげるのが、「会社」というプラットホームの役目なんじゃないか。少なくとも、ぼくはそういう「会社」のあり方だといいな、と感じている。

「会社」だと「自由な働き方」ができないわけでもないし、必ずしも「束縛される」わけではない。個人が動きやすいように、その人自身の"あり方"に目を向けている場は少なからずあるわけで、逆に、そういったプラットホームがあるからこそ、安心安全に働けるという人もいる。

「会社員であること」の是非を問うよりも、社会のために組織があるのか、組織のために組織があるのか、個人のためにあるのか、という方向性を見定めてあげたほうが、より健全なんじゃないかって思う。

そして、社会人として(いや実はそうじゃなくても)、やれることを広げるとき、やることを閉じるとき、がある。そのときは「会社」という枠組みをぜーんぶ取り払ってみて、自分の意思というやつを見つめてみて、自分の立場をはっきりとパブリックに伝えるとき。

なんとなく今、ぼく(28才)もそれがきた気がする。世の中のアラサーというのは、そういうもんなのだろうか。

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