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2F/当番ノート

ひかりの採集 / 03.あの子

当番ノート 第37期

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暖かい日だったので窓を薄く開けて過ごしていた。昼を回った頃、開けた窓の方からカタカタと音がするので見てみると、今まさに、わずかな隙間から鳩が体をよじるようにして部屋の中に入ってくるところだった。灰色の鳩だった。「あ、こら」と、座っていた椅子から立ち上がると、鳩は困ったように首をすくめて、あっさりとわたしに捕まえられた。羽をばたつかせるでもなく、やけに両手の中に静かに収まる。変わった鳩だな、と思って撫でていると、その足首に手紙が巻き付けられていることに気が付いた。伝書鳩だった。

A子 「鮃ちゃんへ お久しぶりです。お元気ですか。A子です。高校のとき、隣のクラスで同じ委員会でした。覚えているかな。忘れてしまったかもしれませんね。さっき数えたら卒業から12年も経っていました。さて、なぜ今回、伝書鳩を雇ってまで手紙を出したかというと(この伝書鳩はとても鼻がきくので鮃ちゃんがウチに忘れっぱなしの筆箱を嗅がせました。早く取りに来てください)、私の夢が叶ったからです。高3の冬、バスを待ちながらした約束を覚えていますか。それは「絶交しても結婚しても、夢が叶ったら一番に教え合う」というものでした。予言(?)通り、私たちは色々あってぱったりと連絡を取らなくなってしまいましたが、残念ながら夢が叶ってしまったのでこうして手紙を書きました。私は作家になりました。二作品めが来月出版されます。約束のこと、忘れていたら忘れていたでいいです。返事ください。 2028年3月4日」

私  「A子へ お久しぶりです。私は元気です。A子は元気ですか。鳩を雇ったとは驚きです。首のところがあんまりギラギラしてなくて愛嬌があって可愛いなと思いました。きちんと私のところまで飛んできて、本当に賢い鳩です。この鳩、好物とかありますか。今度来たとき、あげたいです。筆箱、すみません。忘れてたっけ。どんな筆箱だったかも忘れてしまいました。今度帰省したとき、取りにうかがいます。約束、もちろん覚えています。忘れた方が一万円払う、という罰則付きでしたよね。冷静に考えると、忘れちゃったらどうやって一万円のことを思い出すんだって話ですが。本題に入ります。報告のお手紙ありがとう。嬉しかった。最近の出来事で一番興奮しました。嬉しい。あー、本当によかった。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。ぜひ購入したいのですが、ペンネームは何というのですか。よかったら教えてください。私はというと、5年ぐらい前に画家の夢は諦めました。今は結婚して彼の地元に住んでいます。お返事待っています。 2027年5月12日」

A子 「鮃ちゃんへ 私は元気です。鳩を雇うぐらい元気です。ちゃんとそっちまで飛んだみたいでよかった。この鳩はパンの内側の白い部分が好きです。小さくちぎって与えてください。と、鳩の取り扱い説明書に書いてありました。伝書鳩便利だから、鮃ちゃんも雇うか飼ったりしたらいいと思います。預かっている筆箱ですが、黒い布地にダックスフンドの刺繍がしてあって、中身はスカスカでタワレコのシャーペンと蛍光ペンが5本ぐらいとスティックのりが入っています。プリクラも入っていました。きっと見たいと思うだろうし、せっかくなのでプリクラだけ送ります。ハー、若いね。本題。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ペンネームは岸田ひかるこです。よかったら今度郵送します。そうなの? 近況もうちょっと詳しく知りたいです。ズウズウしくてごめん。結婚おめでとう。返事ください。 2026年12月9日」

私  「A子へ 最近寒いですが、風邪などひいていませんか。というのも、伝書鳩、風邪をひいたっぽいです。家に着いてからずっとくしゃみをしています。とにかく、今日は1日泊まらせます。パンの白いところをあげたら喜んでつついていました。かわいいな。ああ、ダックスフンドと聞いて、どんな筆箱だったかうっすら思い出しました。タワレコシャーペン懐かしい。かっこいいと思って愛用してたなあ。プリクラもありがとう。A子の髪がすごく長い。若いな。いやでも、私たちもまだまだいけるよ、今のプリ機はすごいらしいし。本題に入ります。岸田ひかるこ。いい名前。A子らしいね。あ、ねえ、岸田。岸田って、もしかしてあのつきあってた岸田くんの岸田ですか。結婚したの? 名前の方はどうして「ひかるこ」にしたの? いえ、ありがたいけれどやっぱりお金出して書店で買いたいです。本、楽しみだなあ。結婚おめでとうをありがとう。子どもはいません。専業主婦です。週3で寿司屋のパートへ。絵はもう好きではなくなったので、長いこと描いていない。観てもない。もうずっと遠いところにいます。お返事待っています。 2025年11月27日」

A子 「鮃ちゃんへ 馬鹿だな。返事ください。 2024年5月8日」

私  「A子へ 馬鹿ではありません。お返事待っています。 2023年6月17日」

A子 「鮃ちゃんへ ごめんなさい。カッとなってしまいました。返事ありがとう、鮃ちゃんは馬鹿ではありません。でもそれがあなたの本音だとはとても思えない。諦めたと言って嫌いと言って、でも諦めきれない嫌いになれない追いかけてしまうあなたの姿しか知らないからです。どうしてですか。今、何してますか。 返事ください。 2022年2月1日」

私  「A子へ あーあ、せっかく「私のこと何も知らないくせにずけずけ好き勝手言わないでください」とでも書こうかと思ったのに。なぜなら今もA子が言う通りの私というか、私の本質的な部分は何一つ変わっていないからです。諦めきれないし嫌いになれないし追いかけてしまう。絵は描きませんが、よく美術館に足を運びます。あー、学生の頃は、私も自分は画家になるんだと信じて疑わなかったな。絵を描くのが好きだったし。でも最後の最後で生活を選びました。自分でも、あっけないぐらい鮮やかな自分への裏切りにびっくりした。でも今、A子は笑うかもしれないけれど、すごく幸せなのです。これはこれでよかった、間違いではなかったんだと思う。今日は冷蔵庫の掃除を徹底的にやって気持ちがいいです。いい天気。 お返事待っています。 2021年10月30日」

A子 「鮃ちゃんへ 幸せなら、よかったです。 2020年5月25日」

私  「A子へ ひかるこ先生の小説を本屋で見つけて、見つけたらなんか涙が出ました。買いました。保管用と読む用に二冊。本当におめでとう。A子のこと、初めて会った時から、いつも私の前をどんどん進んで、なんか光みたいだと思っていました。あ、だから「ひかるこ」なのかな。誰よりも本気で楽しそうにやりたいことやって、いいなってずっと憧れていた。光みたいだと思っていました。すごいね。おめでとう。夢叶えて、すごいね。なんか、手紙をもらってから、違う世界で生きていたかもしれない自分のことを考える。人生に間違いなんてない、どの道を選んだとしても、私は私なりに幸せなのだとしたら、とか。私、A子になりたかった。今でも、もしA子だったら、と思う。もう全部遅いけれど。お返事待っています。 2019年4月3日」

A子 「鮃ちゃんへ ばか。目を覚ませ。今、自分は何歳で世界は西暦何年だと思ってるの。カレンダーを見て。返事はもういらないよ。ただひたすら、あなたが信じたい道へ。 2018年2月17日」

ただひたすら、あなたが信じたい道へ。

鮃

1997年生まれ、青森県出身。東京都在住の美大生。
役者。学生劇団に所属している。詩や童話、戯曲を書く。趣味はピクニック。興味があるのは音楽と演劇のセッション、舞台の照明部署。今年のテーマは、ひかりと言葉。webサイト「親指のゴールデン・レコード」管理人。

Reviewed by
namazu eriko

かつて凄く仲が良くて同じ時間を過ごす事が多かった人などに久しぶりに会うと
「全然変わらないね」なんて1人が言う。
そんでその後「そっちこそ、全然変わってないじゃん」
などともう1人が言ってそこからまた近況や思い出話をするなんていうことがあるが、この会話っていうのはいったいなんなんだろうと常々思っている。
「変わんないね」
これは挨拶みたいなもので、特に意味のないおべんちゃらなのかもしれぬし、「お互い変わらないままでありたい」という強い希望なのかもしれないし、もしかしたら心底なんの疑問もなく「何も変わっていない」と信じて疑わないのかもしれない。それにしても、この会話はなんなんだろう。
変わらないなんてことはあるはずのないことだ。時の経過は人々を少しずつ少しずつ違う方へと運んで行く。

さて本題の鮃さんの3回目のコラム。
伝書鳩を通じて「私」と「A子」が何十年ぶりに再会(?)するのだが、読んでいてこの再会がとても痛々しくやるせない気持ちになってしまう。2人の気持ちがよくわかるような気がするのだ。自分の望むことと他人から望まれることは必ずしも合致しない。だから私達は他人を思いやるのかもしれない。どちらが強くてどちらが弱いとかどちらが幸せでどちらが幸せでないとかそういうことじゃなくて、お互いが違う所にいようとも「あなたが信じたい道へ」。そうだ、人はひとりだ。その通りだ。

そんなことを考えてもう一回鮃さんのコラムを読みなおす。日付が頭を混乱さす。

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