あたたかい雨が、ざぶざぶと降っている。春の雨だ。傘をさして、外に出る。
玄関のドアを開けて、外に一歩出ると、たくさんの人に会うことになる。
ただ道ですれ違った人、満員電車で身体を密着しあった人、客の私に対して店員としての対応を取った人、肩がぶつかって謝りあった人、一年ぐらい前に友だちになった人、これから親しくなれそうな人、舞台の向こうの人など。そこから親しくなるならないに関わらず、何かしら関係ができると、知らなかった相手や自分の一面が見れたりして面白い。かわいらしいな、賢いなあ、勇気があるなあ、面白い人だなあ、いいなあ、いいなあ、って、どんどん人間という生き物が好きになる。最近どうも、大小さまざまな人間関係が結ばれるシーンや、誰かと誰かの関係の結び目の強さを目撃することがあって、そのたびに胸を鷲掴みにされて鼻の奥がツンとする。切ない。よくわからないままに泣きたくなる。私は人がめちゃくちゃ好きだ。ピンポイントで人を嫌いになることって、そういえばないかもしれない。今日は「人間を好きになっちゃった瞬間」を紹介します。
no.01 「14時に家に伺います」と連絡をして、その人の家の前で14時になるまで時計を見て待っていたら、14時になった瞬間、玄関のドアがドカーンと開いて、その人がなんでもない風を装って登場したとき。泣きたくなった。
no.02 音声日記のライングループにて。誰かが誰かにコメントするというルールはないのですが、そのうち一人が名指しして「会いたくなった」と締めた録音に対して、次の日の名指しされた相手の録音の、「ありがとう。ありがとう」という返事が切実な温度だった時。泣きたくなった。これは泣きました。
no.03 民家を改装したような小さいご飯屋さんに入った時、ふすまの向こうで親戚っぽい集まりが団欒しているのが見えて、大人の会話に飽きたのか、そこから小学二年生の女の子が出てきた。キッチンに立つおばあちゃんの足元に寄って、二人で話しているのを見た時、そして「おまたせしました」ってオムライスをテーブルに運んでくれた時。泣きたくなった。
no.04 電車の出入り口に立つ親子を見かける。プロレスラーの休日のような風貌の父親と、幼いけれど涼しげな目元が印象的な女の子。その二人が小声で何か話している。止まった駅で人がたくさん乗り込んできた。父親はさっと体の位置を変えて娘をかばうようにする。二人にとってはなんでもないことなのだろう、話が再開される。父親は親の顔で娘を、娘はにこにこと父親を見上げる。膝から崩れ落ちそうになる。泣きたくなった。
no.05 誰かの家から「行ってきまーす」とか「ただいまー」とか聞こえたとき。泣きたくなる。
no.06 元バイト先の店長が、近くの卒業生に手作りの卒業証書を渡しているのをみたとき。もらった相手の反応は様々だったけど、あなたの祝いたい気持ちは伝わったと思います。泣きたくなった。ちなみに最近バイトクビになりました。
no.07 私が母に初めてあげた誕生日プレゼントを、ずっととっておいてくれたことを知ってしまったとき。スティッチのメモ帳とボールペンなんですけど。泣きたくなった。
no.08 恋人について自分から喋らない先輩が、毎日同じピアスをしてくる、その意味を知ったとき。泣きたくなった。
no.09 共に旅行に行った友人。面白いことへの感度がよく、あと本当に優しい人で元々好きなのですが、京都の「悪い縁を切り、良い縁を結ぶ」神社に行った時、紙に願い事を書く場面があって、その紙にでっかく「最高の人生」って書いているのを見てしまった時。一本取られた。泣きたくなった。
no.10 素敵な大人に会った。コーヒー一杯ぶんの時間で演劇の話をした。その30代ぐらいの男の人はずっと演劇の世界で生きていて、私には考えられないぐらいの鉄の冷静さで、経済面から演劇を観察している人だった。別れる最後に「演劇をする上で一番大切にしていることは何ですか」と質問したら、その人はしばらく考えた後、「人に直接会いに行くことかな」と言った。泣きたくなった。あーこの人、めちゃくちゃ演劇のことが好きだし人を大事にする人だ、もうダメだ。泣きたくなる。
etc.
誰かを好きになるたび、鮃ポイントがその人に加算されるのですが、最近在庫のポイントカードと朱肉が足りないのだ。今までとは違う色でカチッと光る一瞬を見たい、もっともっと人に会いたい。ざぶざぶの雨の日でも会いに行きたい。