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2F/当番ノート

ダンスラブレター7:墓場に向かって

当番ノート 第48期

ダンスよありがとう。人生のダンスよ。最高なときも、最悪なときも。甘いときも、苦い時も。悲劇も、喜劇も。美しく、痛く、軽やかに。ダンスよありがとう。すべてのダンサーよありがとう。

なんでも長く続けるって大変だ。ハッピーな日もアンハッピーな日も同じものと向き合い続けるだなんて、考えられないほど大変だけど、その大変さこそが一緒に生きていくってことなのかもしれない。何年もまえダンスを始めた頃に、先輩ダンサーの話をききながら「あぁ、この人はダンスと一緒に生きてきたんだなあ」と深く頷いたことを思い出す。年齢なんてただの数にすぎない、されど過ごしてきた年月。長く生きれば酸いも甘いも経験するだろう。人生の甘いときも、酸っぱいときも、その人は踊っていた。

悲しいことだが、世界を飛び回る仕事をしていると、大切な人が亡くなるときにそばにいられないことも多い。104歳まで生きたひいばあちゃんが亡くなったとき、私はイタリアの豪華なホテルで寝ていた。「急いで帰ってきても葬式には間に合わないから、しっかり踊ってきなさい。」と家族からメール。メールを受け取った数時間後には衣装をきせられたわたしの体が舞台に立っていた。空っぽのまま舞台に立たされた体は軽すぎていまにも倒れてしまいそう。ぐらつく体は実感をもとめた。いつもより丁寧に関節を動かす。いつもより大きく足を動かす。いつもより高くジャンプする。もっと、もっと、もっと、と生の証を求めた。それは踊りというよりも、戦いにいく前のウォーダンスだった。不安になっている自分を鼓舞し、生きていることを確認するために体を動かす。死ぬと体が動かなくなる。その事実は、生きている間は動く、という体の不思議を強調する。何者だかわからないこの体を、自分の体として引き受けるために、私たちはジュエリーをつけて、刺青をして、ときに体を傷つけ、踊るのかもしれない。

その夜踊った作品のラストに振付家から「一番暖かな気持ちになる場所をおもいうかべてほしい」といわれているシーンがあった。わたしはいつもばあちゃんの家にある太陽のあたる畳の部屋をおもいうかべる。その夜もいつも通りその部屋をおもいうかべると、柔らかい光のまんなかに小さなひいばあちゃんがちょこんと座っていた。ひいばあちゃんはいつも通りそこにいた。

踊ることは生きているぞと叫んでいるようなもんだ。

そういえばひいばあちゃんの墓場の前で踊ったことがあった。歌手の友達が墓石の隣に座りこんでギターを弾いてくれ、私が一畳ほどの墓場の前のスペースで踊った。なんであんなことになったんだっけ。私も友達もひいばあちゃんのことが大好きで、その笑顔を思い出しながら歌いたかった、踊りたかっただけだとおもう。これからもへんてこな動きをしつづけよう。生きている命のダンス。プリプリプリ、シュッシュッ、ダダーンダーン。

かきざき まりこ

かきざき まりこ

香川県出身。旅人ダンサー。
音楽を聴いては踊りだしてしまう幼少期。
高校までオリンピックを目指して中国人コーチのもと新体操に没頭。
大学でダンスに出会い雷に打たれるほどの衝撃をうける。
大学卒業後にBATSHEVA舞踊団(イスラエル)入団。
三年間のイスラエル生活後、タフさとラフさをみにつけ、LEV舞踊団に入団。世界中の大劇場をまわり、踊る生活。

最近東京のすみっこに部屋を借りる。
世界の大劇場と東京の小さな部屋がつながっていく日々の記録です。

Reviewed by
朝弘 佳央理

舞台に立っているのに、ぜんぜん舞台を足で踏めていないようなことがある。
そこでうわーっと焦ってしまうとふわふわしてしまって空回りばかりしちゃうのだが、全体のことを忘れて、ひとつずつやってくる感覚だけに集中して、ひとつずつ思い出す景色のことだけを考えると、だんだんじわあっと視界が広がって助かる、というようなことがある気がする。
そういうときには、視界が広がってもとに戻る、だけではなくって、たいてい、もっともっと遠くに行ける。

この間のクリスマス、教会に行った。
なぜかというと教会で、大昔の死者のために踊ることになりそうだったからだ。
氷雨が降るなか、ジョギングがてら行った教会には、家族がたくさん来ていた。
そうだよね、クリスマスだもん。
アイスランドのお墓は、十字架が色んな色のLEDで飾られててチャーミングだ。
家族を遠くから見ていたら、ああ、私はこのひとたちと、いつか必ず死を迎えるということで繋がっている、と思った。
このお墓に埋められているひとも、目の前の海で亡くなってもう身体を失ったひとも、墓参りをするこのひとたちも、わたしも、いつか死ぬ。
いつか消える身体を持っているということを、私たちは共有している。

そうして私は、踊ることができると思った。

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