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2F/当番ノート

ダンスラブレター8:なんにでもなれる

当番ノート 第48期

「どうしてダンサーって山が好きなの?」

それはインスタグラムで世界中のダンサーをフォローしている友人からの質問だった。ダンサーが山にいる写真ばかりを投稿しているのをみて不思議に思ったらしい。たしかに、私の周りのダンサーにも山好きが多い。山だけでなく、海でも、滝でも、自然があると聞けば何はともあれ行ってみようとする。あれはなんなんだろう。まるで体が求めているものがどこにあるかを知っているかのように、美味しい料理を求めてレストランに行くように、彼らは自然のほうへと引き寄せられていく。

このあいだアクアリウムというものをみた。水槽の中には本物の水辺の景色そのままに美しい世界が広がっていて、苔や流木の陰で楽しそうに泳ぐメダカをみているだけで穏やかな気持ちになった。ふと、ひとつの水槽で何匹のメダカが飼えるんだろうとおもう。ネットで「水槽 メダカ 何匹」と検索すると、すぐに答えが出た。【①1cmの魚に1Lの水がストレスなく生きていける適量。②多少多めに魚をいれてもなんとかなる。③多めにいれると繁殖はしない。(卵が他のメダカに食べられてしまう)④多めに入れると個性が出ない。(三色メダカなどの個性が出にくく、ゆとりを持たせて飼育すると綺麗な三色になる)】ほほお。。続けざまに「部屋 人間 何人」と検索。。お得なルームシェア情報ばかりでてきて、一人の人間に必要なスペースについてはどこにも書いていない。人間も狭いスペースに沢山いても何とかなりそうではあるが、お互いに攻撃をはじめたり、個性が出にくかったりするのかもしれない。

いま私は東京の田舎に住んでいるが、このあたりには田んぼや駐車場などひらけた空間がおおい。家の窓から人のいないひらけた空間がすこし見えるだけで気持ちに余裕がうまれるのはどうしてだろう。ダンスを踊ることは、なにもない空間に方向を見つけ、サイズを見つけ、その体が存在する世界を作ることでもある。そして劇場はその空間をダンサーに与えてくれる貴重な場所だ。劇場は照明が消えると同時に名をもたない暗闇となる。その暗闇は宇宙でも胎内でもどこにでもなれる準備をして、ダンサーが動きはじめるのをひっそりと待つ。ダンサーの体がどんな世界を建築しようとしているのか、注意深く耳を澄ましているのだ。日常にあるひらけた空間が心地いいのも、その空間が静かに待ってくれるからかもしれない。用途をもって作られた場所は店頭広告みたいにこれをしろあれをしろ、とうるさい。この椅子に座れ。この道を歩け。ここで食事をしろ。命令されるのに疲れてしまった体は、なにもない空間に近づいていく。そしてなにもない空間で静かに語りだすだろう。ここに座りたい。あそこを歩きたいと。これはもうダンスだ。人が空間をつくり、空間が人をつくるといったのは誰だったっけ。もともとは体こそが世界をつくる存在だったのに、いつからか反転してしまった。

「どうしてダンサーって山が好きなの?」

「山の匂いや色、鳥の声、湿った腐葉土や新鮮な空気。山にいくと全身がおいしいおいしいと喜ぶの。それから、でっかい空間に出会うのも最高。人間サイズに区切られていない自然の中にいると、自分の体がいろんな風に変わっていくのがわかる。山の上から町を眺めるときは巨人。背の高い木々の間を歩くときは小人。広い空を見あげながら風をあびるときは鳥。なめらかな山の稜線は滑り台のように私を連れて滑ってくれる。自然の中では、このちっぽけな体が、何者にでもなれそうな気がするの。」

そう、私たちは本当はなんにでもなれる存在なのだ。

かきざき まりこ

かきざき まりこ

香川県出身。旅人ダンサー。
音楽を聴いては踊りだしてしまう幼少期。
高校までオリンピックを目指して中国人コーチのもと新体操に没頭。
大学でダンスに出会い雷に打たれるほどの衝撃をうける。
大学卒業後にBATSHEVA舞踊団(イスラエル)入団。
三年間のイスラエル生活後、タフさとラフさをみにつけ、LEV舞踊団に入団。世界中の大劇場をまわり、踊る生活。

最近東京のすみっこに部屋を借りる。
世界の大劇場と東京の小さな部屋がつながっていく日々の記録です。

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