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2F/当番ノート

ダンスラブレター9:そこにいるひと

当番ノート 第48期

「人に恵まれてるな~ご縁に感謝だ~」といった私に「ご縁に感謝してる暇があったら、親切にしてくれている目の前の相手に感謝すれば~」といった人がいた。目から鱗がポロポロ落ちてその通りだ…と唸ったのを覚えている。

数年前までなかったユウチューバ―という職業が小中学生のなりたい職業ベスト3に選ばれたらしい。時代が猛スピードでかわっていく音がする。。。それにくらべるとゆっくりではあるが日本のダンス業界も変化してきたのかもしれない。数年前には想像もつかなかったことだが、最近では一般の人が“コンテンポラリーダンス”という言葉を知っているのだから、すごいもんだ。10年前、地元のおじさんと道端話をしていて「踊りやってるんだってな~なんていったっけ?こういう踊り!」とおじさんが田んぼのまんなかで踊りだしたことがあった。その時は「コンテンポラリーダンスですよ」と何回伝えてもきちんと言えなかったおじさんだったが、このあいだ会ったら得意そうにコンテンポラリーダンス!といっていた。知らない間におじさんの世界にコンテンポラリーダンスが存在していた。時代は変わっているらしい。

メディアでダンスをみる機会が最近ふえた気がする、とついつい言ってしまってから、“最近”ってなんだろうと考えてみる。最も近い時代?だったら、たったいま時代をつくっている人たちのことを思い出してみたい。チャンスさえあればダンスをつかおうとする映像作家の友達は、全然お金にならないよ~といいながらダンスを使ったMVやCMを発表し続けている。テレビの視聴者がテレビでみたダンスをマネして楽しめるのは、マネしたくなるような振付をつくる振付家がいるからだ。中学校で少し前からダンスが必修科目になったのも、ダンス教育の可能性を示した人や実際に指導する先生がいてこそだし、舞台芸術を続けるのが楽ではないといわれている日本で舞踊文化が継続されているのも、活動を続けるアーティスト、環境を支える人のおかげだろう。たくさんの人間が今この瞬間もダンスに関わっている。そう、踊っているのは一人じゃない。時代を作っているのは一人じゃない。

よく育つサボテンみたいにほっといていたら文化が育ったのではない。いい仕事をしてきた人たち・継続してきた人たちのおかげで少しずつ少しずつダンスは育ってきた。わたしがおじさんにコンテンポラリーダンスという単語を教えたのだって、ほんのすこしだけ時代を変えたと言えなくもないかもしれない。。

これまで二か月間、好きな人のいいところを綴るときみたいに、ダンスの美しい横顔をおもいうかべながら、こういうところが好きだ、こういうところに可能性を感じる、とダンスのことばかり書いてきた。ここで書く言葉、今日踊った動きのひとふり、目の前にいる相手にむける眼差し。全部、自分が美しいと思う世界にむけた小さなジェスチャー。

ダンスにできること、体にできることはきっとまだまだあるよ。

みんな一緒におどっていこう。楽しくて優しくて踊りたくなっちゃうような世界にむかって。

dav
かきざき まりこ

かきざき まりこ

香川県出身。旅人ダンサー。
音楽を聴いては踊りだしてしまう幼少期。
高校までオリンピックを目指して中国人コーチのもと新体操に没頭。
大学でダンスに出会い雷に打たれるほどの衝撃をうける。
大学卒業後にBATSHEVA舞踊団(イスラエル)入団。
三年間のイスラエル生活後、タフさとラフさをみにつけ、LEV舞踊団に入団。世界中の大劇場をまわり、踊る生活。

最近東京のすみっこに部屋を借りる。
世界の大劇場と東京の小さな部屋がつながっていく日々の記録です。

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