
倫理の授業を受けたことがある?
僕はないんだ。
だから、それがどんなものなのか、ほとんど知らなかった。
これまでの人生で触れた倫理学らしきものは、大学生の時に読んだ、ジェイン・ジェイコブズの「市場の倫理・統治の倫理」くらい。
この本は、在野の思想家であるジェイン・ジェイコブズが15年くらいかけて、世の中の倫理を2つにまとめたもの。
商売や取引きをする時に大切になる「市場の倫理」(例えば「節倹せよ」「効率的であれ」等)と、古く大きな組織や分配や政治に関わるような時に重要な「統治の倫理」(「気前よく施せ」「復讐せよ」等)について、登場人物の対話形式で書かれたもの。
僕は義務教育の時から、「なんだか上からごりごり抑圧されるのは、向いていないぞ」「もっと他に社会や組織との接し方はないのかな」と感じていたので、ジェイン・ジェイコブズが提示してくれたこと「倫理の体系は1つじゃなく、2つある」「それぞれ独立しているから、混ぜない方がいい」という記述にだいぶ気持ちが助かったところがある。
僕は市場の倫理の方が合っていそうだぞ!とね。
生きていく際に、なんらかの意思決定をしなければならない時、例えば転職の際などに、「この道は市場の倫理に近いのかな?統治の倫理寄りなのかな?」と考えていた。
僕にとって、倫理というものは、いつもは意識をしないけど、しっかり考えたい時に思い出して、「無意識に使う、生き方の補助線」のようなものだった。
倫理学の体系は全然知らないし、ジェイン・ジェイコブズも学者じゃないので、ほんとに聞きかじっただけなのだけど、でもそれくらい影響を受けた。
最近「ふだんづかいの倫理学」(平尾昌宏 晶文社) という本を買ったんだ。
まだ300ページまでしか読んでいないのだけど、この本はとってもいいよ。
ジェイン・ジェイコブズと違って、この本は、倫理の体系を「3つ」提示している。
分配に関する「正義」
個人に関する「自由」
関係性に関する「愛」
この3つによって、社会や個人のあり方に関する視点を、しっかりと整理してくれる。
個人と共同性の関係ひとつとっても、僕たちは明瞭な区分けをするのは苦手だ。
例えば、友人と恋人の違い。ひとつの家族の中に、どんな関係性があるか。そして会社と社会の違い。
ブラック企業の存在をどう考えたらいいか。
家族内の抑圧をどう捉えるか。
正義と私刑の決定的な違いとは。
そういったものを考える上での見取り図になってくれるような本だ。とても読みやすい構成な上に、付録で倫理学の全体像も示してくれている。
僕がこの連載で書いてきた事は、個人と仕事/会社との関係性だったように思う。
そして、そういうことを扱ってきた、倫理学という学問というものがあるらしい事がわかった。
さっき僕は倫理学を「無意識に使う、生き方の補助線」だったと書いたけども、これからは「意識的に使う、生き方の補助線」になるのかもしれない。
もちろん、僕が倫理学を研究することはないだろう。
せいぜい、年に数冊の本を読むくらいだろう。
仕事をやりながら、恋愛に悩み、家族に消耗し、政治に憤り、医療とケアの違いを考え、金融の世界と共同性の間を行ったり来たりして…そういった、いつもどおりの生活をしながら、でも日常のとなりに、これからは倫理学を置く事ができる。
となりに倫理学がいたって、生活の質をわかりやすく向上させてくれる事はないだろう。でも、少なくとも自分の思考や選択を、より自覚的なものにしてくれる気がする。
良いと思ってする選択も、無意識に自分の卑怯さから逃げる選択も、自覚的に。
小説「レ・ミゼラブル」の主人公、ジャン・バルジャンのように、悩み葛藤しながらする選択の機会も(あんなに劇的なのは少ないと思うけど)、これからの人生であるだろう。
結果は自分でコントロールできないけども、せめて判断のプロセスは間違えないように。
いつか来る今際の際に、自分は善き人間になれたと胸を張れるように。
「ふだんづかいの倫理学がおすすめ」という回でした。
それではまた。