
本を読んだあとに、誰かに何かを話したくなることはないだろうか。
そういう時、ぼくは、手紙を書いて、そっとメールボックスに届けることにしているんだ。
◆すべて名もなき未来
世界にはとても多くの書籍があるけれど、僕がとくに素敵だなと思う種類の本がある。
それは、「読んだ後に無性に何かを書きたくなるやつ」だ。
今日は樋口恭介「すべて名もなき未来」をペラペラとめくっていたのだけれども、これもまさにそのような作品だ。
未来をテーマに、書評の形をとった22のエッセイのような何か。
扱われているのは、たとえばマーク・フィッシャーの「資本主義リアリズム」であったり、鈴木健「なめらかな社会とその敵」であり、一方では英国の文豪イアン・マキューアンや日本のSF作家・神林長平の作品が語られる。
みんなが読んでる大好きな本についての書評集だ!これはおもしろいだろうね!
…と思ったけど、そんな訳がないことを、実はよくわかっている。
かいじゅうレターを読んでいるあなた〜きっと書店をうろうろして、気になる本を手にとって、値段とにらめっこするあなた〜が持っている「どの本を買うか」という選択肢は無限のように多いから。
そもそも、読む本の傾向がそのまんま被る人なんていないのだ。当たり前の事だね。
でも、こうも思う。
きっと今のインターネットが基軸となった世界では、その人に最適化されたフィルターバブルがたくさんあって、しかし実は人はそれほど変わらないので、大体の人は似通ったフィルターバブルにつつまれて、似たような傾向の本を買っていく。
個人への最適化よりずっと前の、割とざっくりとしたレコメンドで事足りる購買行動。
僕もまた類型的なバブルに包まれているだけなんだろう。
それでも、僕が好きな雑多な領域の本を、全部まとめて「すべて名もなき未来」というただ一つの素敵な名前をつけられた事が、僕は心からうれしいんだ。
◆アーティストのためのハンドブック
よくある迷信のひとつとして「ベテランのアーティストは、作品をつくるのに苦労しない」というものがあるとデイヴィッド・ベイルズ&テッド・オーランド「アーティストのためのハンドブック 制作につきまとう不安との付き合い方」に書いてあった。
誰だって、作品制作に向き合うのを逃げたくなるし、発表するなんて怖くて仕方がないんだよ。ベテランになっても楽になることはないよ。それは一生続く。と。
どんな仕事もそうだよね。
僕たちも今まさに新しいインターネットサービスの設計をしているところだけど、誰かを救うどころか傷つけやしないかとか、事業として全く機能しなかったらどうしようとか、こわくて逃げ出したくなる瞬間がたくさんあるんだ。
この本は、自分の内側にある恐れとどう付き合いながら作品を仕上げ続けるか、という事が書かれているんだけど、その語り口は厳しくも温かい。
「最終的に、すべては次のことに帰結します。(略)自分の仕事に全力を打ち込んだとしても幸せになれないか、あるいは全力を打ち込まないために幸せになれないことが約束されているか。その2つなのです。つまり不確実性をとるか、確実性をとるかの選択肢です。興味深いことに、不確実性を選択することは、心地よいことなのです。」
さて、あなたは、そして僕は、どちらを選び続けるだろう?
◆お手紙のあとがき
サービスを作り公開することの不安を書いたけれど、でもやはり今こそが幸せだな、と感じてもいる。
思想やアティテュードはある。
共鳴してくれる仲間も増えつつある。
サービスの概要もできてきた。
あとは上司でもなく、投資家でもなく、もちろん学校の先生でもなく、僕たちが信じるお客さんからの声を聞きに行くだけという、緊張感にあふれる頃合い。
2019年の夏に、僕が人生のダメージを負っている時に部屋に来てくれた友人に、せめてものお返しとして一冊の本を薦めた。エトガル・ケレット「あの素晴らしき7年」だ。
戦時下のイスラエルで生きる小説家の、悲しみとユーモアに溢れたエッセイ。
その年上の友人が、最近こう言ってくれた。
「2027年に、かいじゅうカンパニーがこう言えるといいですね。素晴らしい7年だった。と」
どうか、僕たちの7年間をあなたに見守っていてほしい。
さて、今日はもうおしまい。
この手紙を読んであなたがどんな事を考えたか、ぜひ聞かせてほしいな。
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