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仕事の苦しさについて。

深夜図書室

苦しい仕事というものがある。


ぼくはかつて、とても忙しい時代があった。
忙しすぎて、年末年始も夏休みも、それどころか土日もなかったし、しょっちゅう終電もなかった。

もちろん人生が仕事に食い尽くされるのは嫌なものだけど、そのときに感じていたのは、「常に結果のアウトプットだけを迫られている」「充分なインプットがしたい」という気持ちだった。

その時に働いていた晴海のオフィスビルには、書店のテナントが入っていて、ぼくは職場をふらりと抜け出しては、毎日なにかしらの本を買っていたんだ。どうせ読む時間は全くないから、もはや、どんなテーマの書籍かはどうでもよかった。

「自分は本を買っているぞ」という行為だけが目的だったんだ。

本を買うだけでどうにかなる状況でもないんだけど、その行為によって満たされる要素がなにかしらあったのだろうね。

僕は、なにも学んでいないのに日々なにかを生み出さなくてはならない、という、インプットとアウトプットのバランスが狂っていることが何よりも苦しかったんだ。

そんな働き方をしていた僕は、その後、カラダを壊して、逆に全く働かない時代を過ごす。

その間にしていたのは、貪るようにして、本を読むこと。

当時、小説家の桜庭一樹さんが「私の男」という作品で直木賞をとった。それで書店にはたくさんの桜庭さんの本が溢れていた。

僕は「私の男」と「桜庭一樹読書日記」を手にとって、一読すると、すぐこう思ったんだ。

「この人のように働きたい」と。

「桜庭一樹読書日記」に描かれた桜庭一樹さんは、起きて小説を書く。

そのあと原稿をプリントアウトして喫茶店で推敲。

新宿紀伊国屋書店本店に行って何冊も本を買い、すぐに読む。

夜は誰かと会い、自宅に帰ったらまた買った本を読む。

そして就寝。

毎日毎日が、この「書く」「読む」を中心に生活が組み立てられていた。

なんせ桜庭さんは、紀伊國屋書店の徒歩圏内に住んでいるのだ。

大量のインプット。集中的なアウトプット。その繰り返しの日々。

僕はそんな生活に憧れたのもあり、「私の男」以外にも桜庭さんの本をたくさん読んだな。

「少女には向かない職業」「赤×ピンク」「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」「少女七竈とかわいそうな大人たち」…

なんなら、桜庭さんが一般向けのミステリを書いたときに雑誌に掲載された挨拶文を切り取って、手帳に挟んで持ち歩いていたこともある。そこには、「私は流れ星にはならないぞ」「消えてなるものか」という、とても切実で、かつ素敵な決意が書かれていてね。

と、ファンとして書き出すと止まらなくなってしまう。

でもその大量にいろんな本を読んでいた時、ぼくはまたしても苦しかった。

インプットだらけで、学んだことを活かす機会がなかったから。
ずっとシミュレーションをしているようなものだった。

その後ぼくは起業した。

もちろん起業することでどんなアウトプットが必要なのか、そしてそのためにどんなインプットが必要なのか、なんて事は全くわからなかったのだけど、とにかく起業した。

そうすると、待っているのは当然のことながら、よく言えば「独学」であり、悪く言えば「泥縄式」になる日々だ。

よくある表現だと、「崖から落下しながら飛行機を組み立てる」というものがあるね。

お金、時間、人、知識、経験。あらゆるリソースが圧倒的に不足している中で、それでも目指したい大きな目標に向かって、とにかく生き延びるためになんとかするんだ。そして起業している間は、その繰り返しが終わることはない。

インプットとアウトプットのバランスがとれているように見えるひとは、みんな、こんな切実さから、必死にやっているだけなのかもしれない。

でも、とあなたは言うかもしれない。

「やりたいこと、できることで、生活しているのはいい事じゃない?」

たしかに。

自分のやりたいことを仕事にしているのは、アイデンティティの意味ではすっきりとしていて、とてもいい。

だけども、起業を成り立たせる要因のうち、ひとつだけでも崩れると、全部が厳しくなってしまう可能性もあるよね。

この仕事をやりたくなる瞬間があるかもしれない。自分ではとてもできない領域に足を踏み入れてしまうかもしれない。最低限の生活ができるという意味での仕事ではなくなってしまうかもしれない。

起業家のメンタルヘルスの課題が小さく盛り上がったことがあるけど、もしかしたら起業家の苦しさは、ここにもあるのかもしれないね。

すべてが調和しているときは素晴らしい。そして起業しよう!というタイミングでは、だいたいみんなそうだ。

でもたった一箇所のバランスが崩れると、すべてが苦しくなってしまう。

それでもいいよ。苦しくても5年10年続けるよ。と、胸を張って軽く言えたらいいのだけど。

かつてサッカー日本代表監督を務めたイビチャ・オシムは、記者に「代表監督はとても大変な仕事ですね」と言われてこう答えた。

「大変ではない仕事などない」

とうどうやすひろ

とうどうやすひろ

1981年生まれ。自身のうつ経験をもとにした会社「U2plus」を創業、その後株式会社LITALICOへ事業譲渡。株式会社CAMPFIREにて「GoodMorning」をつくる。2020年4月に株式会社かいじゅうカンパニーを創業。

仕事は上手ではないが、仕事を考えるのは好き。

Reviewed by
moto

仕事って何だろう。

生活の糧、自分の想いの表現手段、色んな呼び方が出来るだろう。

物理学の世界で言えば、仕事とは、ある物体がある物体に対して働きかけた力の大きさと、それによって移動した距離を掛け合わせたものの大きさのことだ。

つまり、仕事とは生み出した変化の大きさのこととも言える。

僕たちは仕事をして、それによって世の中に与えた変化の対価としてお金を貰う。

お金を貰うのだから、それなりに何かしら"良い"ことをしないといけないのだろう。それは簡単なことじゃない。良いことって何なのか、それはいつまでも答えが無いからだ。

自分のやっていることが、紡いだ言葉に本当に意味があるのか、自分は本当に誰かを幸せにしているだろうか…

考えれば考えるほど、大変だ。分からない。

「大変でない仕事など無い」

それは裏返せば、ありとあらゆる全ての仕事は尊いということだ。彼が、彼女が、あなたが、やっていること、考えていることには、全て意味がありますよということだ。

この言葉は、決して嘆息でもなく世界に対する諦めでもなく、人類の営みに対する惜しまない賛辞なんだろうと、僕は思う。

大変で仕方が無い人生というものを、愛してやろうじゃないか。

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