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最後の職業としての起業家

ひとと企業のPlaybook

13歳から「起業家になりたいんですが」と相談を受けたら、「起業家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいいですよ」とアドバイスすべきだろう。

医師から起業家になった人、教師から起業家になった人、編集者から起業家になった人、官僚から起業家になった人、政治家から起業家になった人、…(略)「起業家への道」は起業家の数だけバラエイティがあるが、起業家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。(略)

もう残された生き方は起業家しかない。そう思ったときに、起業家になればいい。

この文章をはじめて読んだ時、その説得力に深くうなずいたものだ。

誰でも起業家になれる。そしてその逆はあまりない。つまり、人類の最後の職業として起業家というものがある。

と書いたけど、これは「13歳のハローワーク」という、かつて出版された、13歳に向けていろんな職業を紹介する書籍の「作家」の項目を、「起業家」に置き換えたもの。

小説を書くことを「弱者のベンチャー」と呼んだ人がいる。

かつて、起業は資本と金融機関への信頼、長い時間をかけて培った業界の人脈といったものが必要とされていた。

それに比べて小説を書くには、紙とペンさえあればいい。そして、世の中に作家として認められたら、多分なんとか食べてはいけそうだ、という意味合いだったのだろう。

実際にどうかは別にして、作家になることには夢があった。

それがどうだろう?

「作家になること=そこそこのリッチさ」という等号を無邪気に信じられる人が、今どれだけいるかな。

僕が高校生の時、村上龍のエッセイで「私は新刊の小説を書くとだいたい20万部くらいはコンスタントに売れるのだが…」と書いてあったのを覚えている。

自慢する感じではなく、何かを書き出すための前提としての、さらりとした記述だった気がするけれど、2020年の小説家が読んだら、出版業界にそんないい時代があったなんて信じられないんじゃないか(村上龍自身だって信じられないと思っているだろう)。

作家になることはもちろん、作家であり続けること、商業出版をし続けることは、かつてよりずっと難しくなっている。

逆に起業は、かつてよりもずっと実行しやすい。

だから僕が冒頭の文章を引用した理由は「起業家もまた、作家のようなところがある」からじゃない。「もはや起業家こそが最後の職業かもしれない」と考えるからだ。

といっても僕は起業家へのネガティブなイメージを広めようというものでもないし、批判的に論じたいわけでもないんだ。

僕は自分でも起業をしているし、小説を書いている人には10代の頃から深い敬意を持ち続けているしね。

そうではなくて、「最後の職業」という事は、誰に対しても広く機会が開かれているという事だと伝えたい。

経験があっても、逆に経験がなくても。
罪を犯したことがあっても。逆になにかの被害にあっても。
障害があっても。
若くても。
歳を重ねていても。
あらゆる課題があっても。

それでも尚、誰にだって起業はできる。

もちろん銀行がお金を貸してくれるかとか、気に入ったところが取引してくれるかとか、一緒に仕事をする仲間ができるかとかは全然別だけど、事を起こそうとしたときに、窓は常に開いている。

それでいて、なんと起業にはまだ、リッチになる可能性がまだ残されている。


その人の経験によっては株式上場が難しいことはあろうけど、例えば自分と周囲の人たちが充分に豊かに暮らすことは、夢物語という程のことではないんじゃないかな。

もちろん起業したって全然だめだったという事の方が多いだろう。

そうしたら、もう一回やればいいよ。

今度はよりじっくり、静かに、慎重に。

「最後の職業として起業家というものがある」

生き方にそんな保険をかけながら、だからこそ、今は各自それぞれの持ち場でがんばるのもいいんじゃないかな。

とうどうやすひろ

とうどうやすひろ

1981年生まれ。自身のうつ経験をもとにした会社「U2plus」を創業、その後株式会社LITALICOへ事業譲渡。株式会社CAMPFIREにて「GoodMorning」をつくる。2020年4月に株式会社かいじゅうカンパニーを創業。

仕事は上手ではないが、仕事を考えるのは好き。

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