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すいかを解す

図書館の中の暴風

「図書館の中の暴風」は、わたし(坂中茱萸)と中田幸乃さんが毎月第二金曜日と第四金曜日に交互に更新する、交換日記のような連載です。

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幸乃さん、こんにちは。なんとなく「ですます調」で書いてみます。その方が読みやすいかなあと思って。よみや、すいか。すいか。ちょうど今、すいかを食べながらこの書簡を書いています。すいかは水分が多くて、ひとくちかじると、うんと水へ近づいていく気がしますね。

先日、親戚の見舞いのために日帰りで関西へ行きました。関西に行くのは1年以上ぶりで、それまでにもよく行っていたのでとてもなつかしい場所です。病気に対する不安と、旅への高揚で不思議な気持ちでした。
移動していると脳は活性化するようで、新幹線ではいろんなことを考えます。少しラジオを聴き、すぐに聴くのをやめました。ラジオはとても面白いけど、頭に浮かぶよしなしごとを追いかけることのほうに必死でとても聴けなくなるのです。
新大阪へ到着したらJR線に乗り換え、神戸方面へ向かいます。途中で淀川と神崎川という川の上を通過するのですが、わたしは川がとても好きです。怖いけど、圧倒的で、透明で、いつもそこにあっていつも姿を変える。東直子さんが詠んだ川の短歌で好きな作品があります。

わたしすぐ死ねって思うし口にするから川をみにゆかなくちゃ/東直子(『愛を想う』)

川はある意味で人間にとって「ほぐし水」の役割もあるのかもしれません。それから、河川敷に立てられている、川の名前が書いてある看板も好きです。すごく、人間の仕事という感じがしませんか。いや、もちろんそれはそうなんだけど。

病院は吹き抜けがあって明るく静かでした。入り組んだ廊下を経て病棟へ向かいます。途中の廊下で泣いている家族とすれ違いました。
病棟では先生から病状や今後についての話を聞いて、色々なことを考えました。そして、お見舞いをしました。苦しそうだったのであまり長居はできませんでしたが、出る前に2回手を振ると、2回とも手を振りかえしてくれました。1階のカフェで食事をしながら、ようやくゆっくりと、同行した母と話をすることができました。

その後、母が、親戚の家に行ってみる?と言うので、断る理由もないと思い、ついていくことに。家へと向かうバスを待つ間に大嵐が通り過ぎました。示唆的なその通り雨は、バスに乗っているうちにいつの間にか止んでいました。家に到着し部屋へ入ります。住人のいない部屋はしんと時が止まっているようでした。
少し滞在したのち、近くに銭湯があったので銭湯へ行きました。なんだか旅行気分ですが、銭湯へ行くといつもほっとします。水によって、色々なものが洗い流されて静かに生まれ変わっていく気がするのです。

そうして夕方、新大阪へ戻り、駅で夕飯を食べました。夕飯を食べながらまた母と色々な話をしました。なるべく明るい話をたくさん。暗い話ができないのは、母もわたしも似ているのかもしれません。夕飯後、乗車時刻まで少し時間があったのでぶらぶらとお土産を見ていたところ、母が、「551の豚まんは、親戚が元気になるまで買わない」とポツリと言いました。551の豚まんは親戚がよく送ってくれたのです。その何気ない一言はわたしの心を重く打ちました。悲しい口調でなかったからこそ、重く。

22時。ようやく到着した駅では恋人が改札で待ってくれていました。わたしたちは涼しい夜の町を通り抜け、家路へ帰りました。

眠るまえ、みんなどうか、しあわせに生きてください。と小さく祈らざるをえませんでした。それは前回、幸乃さんが書いた通りエゴなのかもしれません。でも少なくとも、なるべく傷つくことなく穏やかに生きてほしいと思うのです。わたしの家族も、あなたもまた。そのためにわたしはわたしのできることをするしかありません。たとえば誰かのために塩焼きそばを作ったり、すいかを切ったり、手紙を書いたり。

幸乃さんの不調は、それでもそうやってあなた自身を見つめようとする、誠実さと感受性によって生まれているのだと思います。わたしは少なくとも、あなたから生まれる言葉に温度があって、好きです。

川に話しかけているのになぜ電話はつながるのだろう、あなたの夜へ /坂中茱萸

中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県生まれ。書店員をしたり、小さな本屋の店長をしたりしていました。

Reviewed by
佐々木ののか

親戚のお見舞いのため、関西を訪れた坂中さん。すいかに川、雨に銭湯。質量のある感情とともに描写される水のある風景の対比が美しく、不思議な感触がありました。

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