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映画という体験

図書館の中の暴風

「図書館の中の暴風」は、わたし(坂中茱萸)と中田幸乃さんが毎月第二金曜日と第四金曜日に交互に更新する、交換日記のような連載です。

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ゆきのさんこんにちは。さいきん毎日忙しく、それとは別に、映画ばかり見ています。この世には繁忙期というものがあり、わたしはいまその只中で、毎日へとへとにすり減りながら過ごしています。そんな中で、映画ばかり見ていました。すり減っていくということはひとつの事柄や側面のみならず、自分のあらゆる部分がすり減っていくものだ、と実感します。お菓子も短歌も作っていません。今は生み出す時期ではないということかもしれません。そういうときは待つしかないと思っていつもじっと待っています。村上春樹でいう、井戸の底で膝を抱えているような感覚ですね。深くて静かな暗いところに潜り込む。それはまた、別の視点でいえばおいしいものを食べる時期なのかもしれません。たとえば映画を見たりすることです。

最近見た映画で一番面白かったのはエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』とフランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』です。ふたつとも戦争を取り扱った映画ですが、戦争そのものを描くのではなく戦争や暴力によって翻弄されたり変わっていく人や国を描いた作品でした。どちらも素晴らしいので、もし未鑑賞であれば、機会があればぜひ見てほしいなと思います。

いい映画というのは「体験」である、と最近つくづく思います。その映画を「見る」のではなく、その中に入り込み、通り抜けていく感覚。映画そのものを体験したと思える映画が、個人的にはいい映画だなと思います。その意味で、上記2作品はまさしく、『アンダーグラウンド』という、『地獄の黙示録』という「体験」でした。頭で見るという行為がだんだんと圧倒されて心に侵食してくるような映画ともいえます。わたしは、圧倒されるのを待っているのかもしません。

ゆきのさんのおでんの話、すごくよかったです。あなたの生活の話、わたしにはかけない優しいまなざしと静かで素直な他者と自分への観察眼があって、すごいなあといつも思います。
いつか、ピクニックに行きましょう。

月を聴く 鰯フライを待つあいだ/坂中茱萸

坂中 茱萸

坂中 茱萸

短歌同人「えいしょ」所属の歌人未満です。

中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県生まれ。書店員をしたり、小さな本屋の店長をしたりしていました。

Reviewed by
佐々木ののか

「映画とは異なる他者との邂逅で、理解も共感もできない作品こそ、多様性の社会につながる」という話を聞いたことがあります。坂中さんの「映画という体験」から、そんなことを思い出しました。

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