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ミスターパチンコ

図書館の中の暴風

「図書館の中の暴風」は、わたし(中田幸乃)と坂中茱萸さんが毎月第二金曜日と第四金曜日に交互に更新する、交換日記のような連載です。

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アルバイトをはじめました。

パチンコ屋さんではありません。8月の始めから、近く(車で10分、徒歩1時間)のスーパーの鮮魚売り場で働いています。週休2日、勤務は朝8:30〜13:30。耕さんの知り合いがそこに勤めていて、紹介してもらいました。普段、買い物をしながらひそかにねらっていた職場だったのでラッキーです。季節の野菜がどさっと袋詰されて安く売られていて、形が不揃いなものも当たり前のように並んでいる、地場野菜売り場が好きです。

鮮魚売り場で働いているのは、60代のKさんとTさん、30代のMさんの3人です。Tさんは長く板前をしていたけれど、身体を悪くして、負担の少ないスーパーで働くようになったそうです。魚の焼き方をTさんから教わっているのですが、それ以外にも、イカの煮付けの味の決め方や魚の仕入れのこと、スムーズに仕事をすすめるコツなど、わたしの手が空くタイミングで色々なことを話してくれます。Tさんは物を教えるのがとても上手だと思う。わたしは教えるのが下手です。自分のやり方を伝えようとすると、「間違っているかもしれない」という考えが浮かんで、言い訳を重ねてしまうから。余計な言葉を足しながら話を続けているうちに、自分でも何が言いたいのか分からなくなってしまいます。Tさんのように、余計な装飾のない、これまで経験してきたことが滲み出てきているような言葉を使う人が、自分にとっての信頼できる人なのかもしれません。憧れます。

そんなTさんが「神のように優しい」と評しているチーフのKさんは、本当に優しい、というかちょっと心配になるくらい周りの人に気を遣っている人です。二人はとても仲が良さそうで、仕事中も楽しそうに話しています。会話の内容は、半分仕事、半分パチンコ。出入りする業者の人の中にミスターパチンコと呼ばれている人がいて、その人が来ると「ミスターパチンコ調子はどう?」「最近は全然…」「嘘つけミスターパチンコのくせに〜!」「いやいや〜!」などと嬉しそうに話していて、わたしはそんな何気ない会話を聞く度に、なぜだか妙に嬉しくなるのでした。

(本当は二人の会話は佐渡弁なのですが、まだ覚えられていなくて再現できませんでした…)

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仕事を始めて、少しずつ佐渡で暮らしている実感が湧いてきたように思います。主体的に生活に参加している、という感じ。ただ、自分の手の届く範囲、目の届く範囲のことで精一杯で、映画を観たり、本を読んだりする時間が少なくなっています。

茱萸さんが、「わたしたちは限られたスペースでより豊かに生きるために、自身の加害者性について、常に内省しなくてはならない」と書いていたけれど、わたしの場合、限られたスペースで豊かに…うーん、豊かに生きる、ということを考えたことはあまりないのですが、自身の加害性を見ないようにするために、限られたスペースで満足しようとしているのかもしれない、と考えてしまいました。自分の幸福を追求するために、無意識に視野を狭めていたのだとしたら、それはとても危険なことです。自分のここ最近の生活を省みても、分断は、全く悪意なく生まれてしまうものなのかもしれない、と恐ろしくなります。待っていても知識は得られない。意識的に知る機会を作る必要があるのですね。映画の感想をありがとう。「わたしはあなたのニグロではない」観てみます。ジェームズ・ボールドウィンの語る言葉を聞いてみたい。

毎月、茱萸さんの短歌を読むのがとても楽しみです。ときおり、茱萸さんの短歌がふっと頭に浮かぶときがあって、それはあまりにも瞬間的で、言葉で説明するのが難しいほど特別さのない、でも確かに、あ、今。と思うような、誰にも共有することのできない美しい場面です。

それでは、また。

家の近くで小さな花火大会がありました
中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県生まれ。書店員をしたり、小さな本屋の店長をしたりしていました。

坂中 茱萸

坂中 茱萸

短歌同人「えいしょ」所属の歌人未満です。

Reviewed by
佐々木ののか

とあるアルバイトを始めて佐渡暮らしの実感が湧いてきた幸乃さん。彼女の綴る生活は殺伐とした世情にあっけらかんと咲く花のよう。その唐突さに思わずクスっとしてしまうのは私だけでしょうか。

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