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マダムのおでん

図書館の中の暴風

「図書館の中の暴風」は、わたし(中田幸乃)と坂中茱萸さんが毎月第二金曜日と第四金曜日に交互に更新する、交換日記のような連載です。

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茱萸さんこんにちは。

今日は少し寒いので、ぬるぬると布団に潜り込んで書いています。布団の上では、ねこがせっせと毛づくろいをしているよ。この子は、家に誰もいないときは大抵二階の寝室で寝ているのですが、玄関の戸を開ける音がすると慌てて階段を降りてきて、ものすごく眠そうな顔で出迎えてくれます。仕事が終わる時間が近付くと憂鬱になるほど原付に乗るのが怖いけれど、「ねこが待っている」と何度も言い聞かせながら頑張って運転して(時速19kmくらいのスピードで)なんとか家に帰る日々です。

さて、茱萸さんが料理の話をしてくれたので、わたしも料理の話をしようと思います。

料理の話で思い出すのは、小豆島で暮していた半年のことです。わたしは、親族でも、友達でもなく、元々知り合いというわけでもなかった人の家に住まわせてもらっていました。

築10年ほどの二階建ての一軒家で、その女性は一人で暮していました。家賃は月2万円、玄関はひとつ、台所とお風呂もひとつ。ほとんど毎日お弁当を作って持たせてくれて、ほとんど毎日、家に帰ると晩ごはんを用意してくれていました。

「なんて呼べばいいですか?」と聞いたら、「マダム!」と言われたことがあるので、マダムとします(実際は、名前にさん付けで呼んでいました)

物知りで(テレビのクイズ番組を一緒に観ていると、わたしはマダムの正答率の高さに驚き、マダムはわたしの正答率の低さに引いていました)、特に理数系に強く、手際がよくて、遅寝早起き(睡眠時間少ないのにめちゃくちゃ元気)、友人が多くて、明るくて人懐っこいけれど、いつも他人との距離感を冷静に判断しているような人、です。

マダムとの生活の中には、多分一生忘れない、くだらなくて尊いエピソードがたくさんあります。けれどその反面、一緒にいて落ち込むこともよくあって、マダムから注意を受けたことも度々ありました。

特に、料理です。ほとんど料理をしないくせに、作りたいものの理想だけは高く、高いゆえに、ジャッジされることが怖くて誰にも料理を振る舞ったことがなかったわたしに、マダムは「料理は、生活は、続いてゆくものだから、背伸びをして続かなくなるのならば意味がない」と、言い、料理を教えてくれようとしました。それで、たまに一緒に料理をすることもあったのですが、とにかく基礎を知らないわたしは野菜の切り方も下手で、その度に「手際が悪い」とか「今まで料理したことないのか〜?」などと軽やかに罵倒されるので、段々辛くなり、料理を教えてもらうことも、この家で台所に立つことも避けるようになってしまいました。

善意に答えられない罪悪感が降り積もって、マダムに対してどう振る舞えばよいのかも分からなくなり、「やっぱり一人で暮らしたい」と考えることが多くなった頃。職場で上司と大喧嘩しました。外は寒く、とても落ち込んで、職場にも家にも居場所がないような暗い気持ちで家に帰ると、おでんが用意されていました。たまご、大根、こんにゃく、ちくわの、シンプルなおでんがお鍋に入って湯気を立てている。そのことが、うれしくてうれしくて、胸がいっぱいになりました。わたしが喧嘩して落ち込んでいることなど知らない、いつも通り陽気なマダムと、あたたかなおでんが、ただもうその存在が、あの夜、唯一の味方でいてくれたような気がして、涙が滲むのを堪えながら食べた。

わたしはずっと人に料理を作ることに苦手意識があったけれど、この夜のおでんのようなものを、誰かに作れたらいいなと思いました。その誰か、は、自分でもいい。そしてその料理は、とびきりおいしい、手の込んだものでなくてもいいのだ。何気ない、毎日のごはんのうちのひとつ。

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人と暮らし始めて3ヶ月、7割くらいはわたしがごはんを作っています。THE☆微妙な食べ物が出来上がることもよくありますが、うまくいくこともあって、最近は、チヒトマというグルジアのスープがおいしくできました。炒めたみじん切り玉ねぎ、鶏もも肉に白ワインビネガーを加えて茹で、溶いた黄身を混ぜる黄色のスープです。あと、夏は鯖缶の冷汁を作りまくったので上手になりました。

「飽きてからが生活の本番」という言葉、本当にそう思います。わたしは飽きるのが怖かったのかもしれません。今まで、生活が馴染むことを避け続けてきたから、飽きることもないけれど、なんだかずっとそわそわして疲れていたみたい。茱萸さんが日々お弁当を作るように、わたしも、料理を続けてゆきたいです。まずは、飽きるまで。マダムが教えようとしてくれたのは、そういうことだったんじゃないかと思います。

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ふぅ。また長くなってしまいました(ごめん)が、書いていたら、マダムのことを色々思い出すことができました。〈帰ってきたら「ただいま」を元気に言うこと〉という決まりがあったのですが、わたしは大体疲れ果てて帰っていたので、玄関の前で息を吸って、明るい発声をイメージしながら扉を開け、元気に「ただいま!」を言うと、「おかえりなさいませ〜♪」 とマダムが歌うように返事をくれたこととか。元気かな。

そうだ、茱萸さんが佐渡に遊びに来たら、茱萸さんの作ったサンドイッチを持ってドンデン山でピクニックをしましょうね!

それでは、また。

通勤途中に見ている川です。
中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県生まれ。書店員をしたり、小さな本屋の店長をしたりしていました。

坂中 茱萸

坂中 茱萸

短歌同人「えいしょ」所属の歌人未満です。

Reviewed by
佐々木ののか

生活とは、尊さも落ち込みもうれしさも混乱もないまぜになったおでんなのではないか。「マダムのおでん」のエピソードには、生活の具材となる感情がふんだんに使われ、煮込まれていました。

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