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猫とワンダー

図書館の中の暴風

「図書館の中の暴風」は、わたし(中田幸乃)と坂中茱萸さんが毎月第二金曜日と第四金曜日に交互に更新する、交換日記のような連載です。

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茱萸さんこんばんは。しばらく降り積もった雪は、数日前に一度溶けたのですが、昨日からまたゆっくりと降り積もり始めています。一度雪が積もると、春までに溶けることはあまりないそうですが、今年は雨も降ったし、なんだか春のように晴れた日もありました。青い空がうれしくて、アルバイトの帰り道に久しぶりに歩いて帰ったよ。家も、木々も看板も、土も道路も、等しく白になる雪の景色は、美しく、なんだか守られているような安心感があります。それでもやっぱり、晴れるとうれしいものですね。まだまだ冬は長いので、適度な調子(心も身体も)を保ってゆきたいと思います。

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「さるちゃん」かわいいねぇ!「目は優しくくりっとしていて」という言葉に、茱萸さんのあたたかなまなざしが透けて見えるようです。そうそう、新潟の方言で、「可愛らしい」ということを「いとしげ」と言うそうです。いとしげな愛しいさるちゃん。

わたしは、猫と暮らし始めたことで、「小さきものを愛しく思う」気持ちをはっきりと認識したと感じています。自己嫌悪に陥ったとき、パートナーとうまくいかないとき、絶望する寸前に、祈るような気持ちで猫を撫でます。「しあわせでいてね」と思います。いや、猫をしあわせにするのはこちらの任務(ごはんの準備、トイレの掃除、触りすぎない)なのだし、幸せかどうかなんて、勝手な押し付けでしかないのかもしれないけれど、それでも。お腹も足も天井に向けて眠ったり、カラカラ(ポケモン)のぬいぐるみを咥えて階段を駆け下りたり、襖に穴を空け、あらゆるところで爪を研ぎ、藁に飛び込んで邪魔をしたり(パートナーは藁細工をしています)して、それが幸せなのか分からないけれど、そんな風に毎日を過ごして、一緒に生きていってほしいと思います。

家に「この上なく愛しい」存在がいるという喜びを、日々、しみじみと感じています。きっと茱萸さんもそうだろうな。

そんな我が家の年末年始は、基本的に家にいて、パートナー(今回からタガヤスさんをパートナーという呼び名で登場させることにしました)と猫と過ごしました。寒くてやる気が出ず、お雑煮を適当に作ったら、美味しくなくてびっくりしました。お雑煮、こんなに美味しくないことあるんだ…。ちなみに、職場で「どんなお雑煮食べますか?」と聞くと、「餅にあんこをかけて食べる」と返ってきました。佐渡では、いわゆる“お雑煮”を食べる風習がないそうです。おもしろい。最近は、じわじわと人の目を気にしてしまうことが多く、ぐるぐると考えては疲れ、想像しては落ち込み、そうこうしている間に、やるべきことをする力が削り取られて寝る、というあんまりよくない流れを繰り返しています。うーん。

いや、がんばる。

やるべきことを、やるしかないのだ。

おわりに。先日、ラジオのゲストに穂村弘さんが出ていました。特に印象的だったのは、「シンパシーとワンダー」の話です。今の表現は圧倒的に「シンパシー=共感」の時代で「ワンダー=驚異」の価値が下がっている。書き起こすタイミングを逃してしまったので正確ではないのですが、子供の毎日はワンダーであふれているけれど、大人になるにつれて、経験値が増え、守りたいものが増え、ワンダーを発見する力がなくなっていく、というようなことも言っていました。わたしは気持ちが疲れたとき、ふらふらとシンパシーに身を委ねたくなるのですが(もちろん、それは悪いことではありません)、自信も根拠もないけれど、なんとなく「大丈夫だ」と思えるきっかけって、不意に出会ったワンダーだったりします。ワンダー、積極的に発見していきたい。目標です。

そして、茱萸さんの短歌もワンダーだと思います。

(あと猫も)

それでは、また。今年もどうぞよろしくお願いします!

新年の雪景色です⛄
中田 幸乃

中田 幸乃

1991年、愛媛県生まれ。書店員をしたり、小さな本屋の店長をしたりしていました。

坂中 茱萸

坂中 茱萸

短歌同人「えいしょ」所属の歌人未満です。

Reviewed by
早間 果実

「しにわかれた ははおやの ほねを あたまに かぶっている。さびしいとき おおごえで なくという。」
ポケットモンスター赤緑でのカラカラのキャラ説明、切なすぎてドキッとします。
それも含めていっそう「いとしげ」だと感じてしまうあたりに、人間の業を感じます。
これはシンパシー寄りの気持ちなのかな。
ワンダーと聞いて、大学の頃に初めて出会った「ワンダーフォーゲル」という言葉を思い出しました。
なにやらすっごい楽しそうだな、ワンダーって入ってるし。
と思っていたら、基本さんぽかあ、と勝手に期待して勝手に幻滅した淡い記憶(ワンゲルさんごめんなさい)。
そもそもワンダーフォーゲルのワンダーは「wander」で、ワクワクの「wonder」とは違うのだと知ったのは、ずっと後のことでした。
wanderは「ぶらつく、放浪する、彷徨う」。
目的のない徘徊、それって人生だなあと、少し大袈裟に思ってみたり。
でもwonderって、予定調和じゃないところで出会いがちですよね。
とすると、この2語が似たような見た目や鳴き声をしているのは、案外偶然じゃないのかもしれません。
日々、ワンダーワンダーしていきたいです。
あわよくば猫になりたい。

“上昇し続けることはできなくてもまたやり直せるさ
そんな素直な気持ちで会いにいきたい”
(スピッツ『放浪かもめはどこまでも』)

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