フィクションを追う夜

第8期(2013年4月-5月)

ロンドンに行った時のことを、時々思い出す

あの時は、ホテルで歯を磨いているだけでしあわせだった

毎日ひたすら歩いて、何もかも新しい景色にどきどきした
一人だったので朝は早くから動いて、夜は日が暮れるとホテルの近くのM&Sでワインを買いBBCを見ながらすぐに眠った
何をしたかと思い返せばひたすら歩いて、歩いて、歩いた
そして疲れたと思えばパブでおじさんに並んでビールを飲んだ
地下鉄のエスカレーターはこころなしか東京よりも早いスピードのような気がした 本当のところはさだかじゃないけれど

イギリスに住んでいる友達が時間を作ってくれたので一度だけその町にいった
友達が住む町は日本でいう下北沢のような場所で、英国女王即位60周年の記念で町中お祭りだった
パブではそこら中でアーティストたちがギターを鳴らしながらカバー曲を歌い、何本もビールを飲んだ身体の大きなイギリス人たちが楽しそうに身体をゆらしていた
そこで食べた、大きなパテとしっかり黄金色に煮詰まったタマネギ、たっぷりとふった粒こしょうのぴりっときいたハンバーガーの味は今でも思い返す
焦げ過ぎなぐらいしっかり焼いたバンズはくせになるので、日本に帰ってからもあの味をまねしようとして家で作ってみるけれど、何かが違う
なんだかあの日のハンバーガーは妙に美味しくて、ビールを飲みながらにこにことしていた
数歩さきではインディアンの格好をした小さな女の子が、お父さんといっしょにクルクルと回転しながら踊っていた

地下鉄に乗るとmind the gap.と放送が流れる
”隙間にきをつけて”
お土産はその言葉が書いてあるモニュメントを買った

東京にいても、何処かロンドンのあの町を歩いているように感じる時がある

誰も自分を知らない町にいるのは、ひやりとするが心地いい
東京にいると何もかももっていないといけないような気がするけれど、外国にいると物欲が薄くなる
毎日おなじ服を着ていても、どこか満ち足りる

夜の町を歩いていたらウディアレンの映画みたいに
タクシーがやってきて、ロンドンの町に連れて行ってくれないだろうかと思う
そんなことを考えながら夜の町を歩く
あのとき流れた時間の流れをいとおしく思う

旅はいろんなことを教えてくれる
遠い太鼓が聞こえてくる