名前のすすめ

第11期(2013年10月-11月)

“すべての事象には名がある。と言うより、名前がないものは存在を認識できない。”とWikipediaにはあります。

僕が思うに「究極的なところまで持って行ったなぁ」と、最初の当番ノートで触れた人間原理にも似た感覚を呼び起こされました。

今回で僕の当番ノートは終わりになります。English Lyrics Feverという中二病を発症した頃に思う存分に思い知らされたのは、自分は薄っぺらくて核が無いという事実。今まで8回に渡って書かせてもらう機会を得ましたが、これはMasa Nakaoが本当に感じ考えたことを書いているのだろうか?と不安になることも多々ありました。John Lennonが“Half of what I say is meaningless”と歌ったのは、自意識過剰ながら僕のことを言っているように思えて仕方がありません。ただ、中身がないのは重々存じていますが、それでも誘い水程度の興味を与えられたら何がしかの意味があったのではないかと嬉しく思います。

何かを表現するのは何かを感じることよりも難しい。

今回のコラムを通して学んだことは数え切れないほどありますが、これを体感できたことが最大の収穫です。最後の更新も名前というものを通して何か伝えることが出来たらと思っていましたが、今回はそのような理由から、あとがきという形で締めさせていただきたいと思います。

当番ノートを通じて沢山の人々を知ることも出来ました。今まで2ヶ月間に渡ってノートを呼んでいただいた皆さんに感謝を申し上げます。

局所的豪雨の過ぎ去ったあとの「雨過天青雲破処」そのままな雲ひとつない秋晴れの空を見ながら。
27/11/2013 Masa Nakao