英語のすすめ

第11期(2013年10月-11月)

今日のすすめは「英語」。

Englishと呼ばれている言語です。日本語との相違点を挙げると母音の多さや文法など数多くありますが、決定的に違うのはアルファベットを使うところでしょう。Aから始まりZで終わる、たった26文字の表音文字だけで書かれるのに対し、日本語には、ひらがな・カタカナ・漢字の3つの異なる表音・表示文字があり、漢字にいたっては数万語もの文字が使われてます。
いま読んでいるこの文章がその最たる例でしょう、英語・スペイン語・フランス語などを読むときとは全く違った印象を受けるはずです。また、英語では動詞が5つも活用しませんし形容詞が活用することもすることもありません。「行く」が「未然・連用・終止・連体・仮定・命令」と姿を変えるのに対し、「Go」は「Went」と「Gone」の3つだけです。「Beautiful(美しい)」は、いつでもBeautiful、「美しかった」、「美しかろう」などに変化することはありません。尊敬語や謙譲語などの言い回しもありません。こうやって日本語との相違点を並べてみると、英語は比較的簡単に身につけられる言語だといえそうです。母国語はもちろん、第2言語としてヨーロッパや南米など世界中で使われている理由が良く判ります。

それでも英語と聞いて拒絶反応を示す人はいるでしょう。発音が難しい、聞きとれないとか、単語が読めない・書けないなど、英語を嫌いになる理由を挙げるのは実に簡単です。かく言う僕自身も「何故に英語なんて勉強せにゃならんのだ!?」と思いながら学生時代を送っていました。「大っ嫌いな教科」のひとつであり、なるべく英語には近寄らないように生活をおくる毎日。そんな、引き出しの奥ぅのほうへ追いやってしまいたい英語でしたが、ある病気がきっかけで英語と向き合うようになった少年の物語を読んだことで、自分も少しばかり英語に興味をもつようになります。

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物語は、“少年Mは「英語詩熱(English Lyrics Fever)」にかかったことを自覚した。”というくだりで始まります。実話がもとになった彼と英語の戦いの記録を読んだことで、英語へ対する僕の思いは「嫌い」から「嫌いじゃないかも」になり、あろうことか現在は北米で生活するほどになってしまったから驚きです。この中二病とその少年の戦いの半生が描かれた「イングリッシュに駆けるサムライ」という本との出遭いが、僕に英語への階段を架けてくれたのです。

その内容を紹介する前に、「世の思春期男児が心を奪われるもの」を2つを説明しなくてはなりません。この物語へ深く読み入ってもらう為の大切なキーワードでもあります。

洋楽と女の子

前者(後者もそういえるかも知れませんが)は、最近何かと話題の「中二病」の原因とも言うべき病原体です。中二病というのは以下にあげるような疾患の総称で、洋楽が原因で起こる症状としてはエレキギター風邪・英語詩熱・J-Popアレルギーなどが、マイノリティ・グループ内で知られています。症状は思春期特有の一過性のものですが感染したまま成人を迎えてしまうと、洋楽盤購入過多自己破産予備軍や海外ロック史跡巡礼願望慢性頭痛など、世界的にはまだ知られていないこれらの疾患を発症する可能性が非常に高くなるといわれています。27歳で他界するミュージシャンが多いのは、実はこの中二病の合併症が原因だという研究者たちもいるほどです。

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中学生活も後半戦に差し掛かったある日、少年Mは「英語詩熱(English Lyrics Fever)」にかかったことを自覚した。この病気は英語の歌詞にしか興味が持てなくなる流行りの熱病である。「英検2級合格証書」や「TOEIC600点」、「日本語訳付ライナーノーツ」などの抗生物質を服用すれば直ぐに治ることが一般的には知られているが、彼は病状が日増しに悪化していることに危機感を覚えO高等学校総合病院へ診断を受けに行くことに決めた。本人は後に「それが不味かった。私立高等学校病院という手もあったのに。」と語るのだが、彼の楽観とは大きく外れて同病院が下した診断結果は入院を勧めるものであった。しかも、終わってみれば入院していた3年間、全ての年次で英語科病棟出身の担当ドクター(担任教師)が治療に当たっていたていたという事実。かくして少年の英語詩熱闘病生活がここに始まることになった。

1年次には英語科専門病棟は無かったが、数年前から建設が進んでいた3棟と呼ばれる新型の校舎が同じ年度の末に完成する。最上階に英語科病棟が設けられ、棟の西端には最新鋭のヒアリング機器やプロジェクターなどを揃え、黒板とチョークではなく幅4m×高さ1.5mの巨大なホワイトボードが設置された、一度に40人は収容できる英語科リハビリルームが2年次を迎える少年を待ち構えていた。病室(教室)には、“英語を話せれば10億人以上の人とコミュニケーションができる”や“トム・ヨーク率いるバンドはレディオヘッド、ラジオヘッドじゃない!”などのシュプレヒコールが真新しい白壁に掲げられており、担当ドクターは気前良くライナーノーツを処方してくれるどころか、彼に自力でこの奇妙な熱病を克服するようリハビリセンター通いを勧めてきたのだった。彼は自分の病状を恨んだ。

(中略)

ー 3年後 ー

高校病院でのリハビリ成果が思わしくなかった為、院長(校長)先生から卒業証書をいう名の病院紹介状を得た少年Mは、外国語学部病棟をもつT学園大学病院へ籍を移すことになる。通常、大学病院では「入試」と呼ばれる入院前検査が行なわれるが、稀に「特待生」と呼ばれる特に症状の重い中二病患者は研究材料として各高校・大学病院に引き抜かれていくことを彼は知っていた。特待生での入院は、すなわち一生を病院内で送ることを意味すると理解した彼は、通常患者と同じく入院前検査を受け病気が回復方向にあることをアピールするよう全力を注いだ。しかし数週間後、家のポストに届けられた書簡に入っていたのは春からの「入院通知書」だった。入試のヒアリング検査の際、The Beatlesについてなされた質問への解答によって、彼が英語詩熱に感染していることを大学病院側に気づかせてしまったのが原因だろうと彼は振り返る。

1999年、世間がノストラダムスのあの予言に沸いていた年、少年Mは新たな闘病生活を大学病院でスタートさせる。流石は外国語学部病棟、そこには英米語学科の他にスペイン語学科(多くの患者がスペイン風邪である)もあり多くの患者が病状の回復を目指してやってきていた。“こんなにも患者は多いのか”と彼は少し困惑するも、それは自分だけが病気に悩まされているわけではないことを同時に認識させてくれるものだった。しかし、大学病院での必修リハビリは非常に退屈なものであり、選択リハビリにも身が入らない日々が続く。そんな少年の唯一の楽しみは、大学病院内に設けられた軽音楽部という名の中二病患者が集まるコミュニティであった。他の英語詩熱患者やエレキギター風邪の仲間と海外のバンドをコピーする日々が唯一の楽しみとなっていく。

(中略)

彼が全回復の通知書を卒業式という名の退院祝いで授かったは実に4年後のことで、ここにようやく7年間にも及ぶ入院生活に終止符が打たれることとなった。

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この物語は全編が上・下巻に納められており彼の卒業後の生活が下巻で語られていますが、全編に渡って中二病という名の病との共生が非常に重要なテーマを持って描かれています。中学で英語詩熱を患いながらも懸命に生きる彼の姿には、一病息災の人生を豊かに送るアドバイスが含まれているような気がします。

「Supercalifragilisticexpialidocious」

下巻の途中で北米に渡った彼が発した、英単語の中でも最長の部類に入るこの魔法の言葉。読みをカタカナで書くならば「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」。舌を噛みそうになるほど長い単語です。日本語では「呆気にとられてモノを言えないときに使うと便利な言葉」と訳すことも出来そうですが、なるほど、英語詩熱を克服した彼がこの単語を人生の合言葉にした理由が判る気がします。

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16/10/2013 Masa Nakao