魔女の特性 その二

第13期(2014年2月-3月)

魔女(アパートメント) 
 いつ頃からか、腐女子というものが流行っていまして、脳内で、少年同士の友情に目眩く恋愛を吹き替えて楽しむものだそうです。
 
 わたしは、近所に住んでいた年の離れたお姉さんの影響で、竹宮恵子や萩尾望都に慣れ親しんでいましたが、たぶん腐女子ではない。橋本治による、自分の立ち位置がないものに執着するのは「好きは嫌いのレース」であり、隠したい何かが膨大なのだという説に分かったような気でいました。わたしの場合、少年愛という説明が邪魔だけど、少女漫画を読むに中り、少年愛は邪魔にならないという読み方です。こんなので伝わるかしら。

 おこげの説明(小谷真理さんの「おこげノススメ―カルト的男性論」)も読みましたが、漠然と文化だわ~と思って、甚だ曖昧な理解しかしていなかったはず。おそらく文化が分かるのような「わたし」でありたかったのでしょう。そして、例によって、スカッと忘れていました。

 そんなところに、ある日、国営放送の朝の連続ドラマにて腐女子登場です。ごちそうさんの中において、同級生の友達よりも実験や自然現象に興味がある、少々変わり者の長女ふ久。母であるめ以子は、そんなふ久に手を焼きます。自分が産んだけれども、これまで生きてきた中に、似ているタイプがいないからです。小学校に馴染めず、問題を起こすふ久を理解しようして理解出来ません。男親である悠太郞に相談するも、仕事でいっぱいいっぱいで余裕がなく、家の中の緊張感が高まります。ふ久のことが分からないと叫び、取り乱すめ以子は、咄嗟にひどい言葉を口走りそうなりました。お静さんの機転で聴かせずに済みましたけれども。
 分かるとは、なかなか一筋縄ではいきません。何も解決策はないけれど、め以子自身の気持ちが落ち着いてきた頃、自宅待機中のふ久と過ごすうちに、他の兄弟とは違った女の子が何に関心を持って行動するのかを受け入れられるようになります。しかし、よく分かる訳では決してなく、分からないながらも付き合って行こうという覚悟が座ったと感じられました。
 分かる=解決ではなく、分からない=突き放すでもなく、分からないをキープ出来ることが、育てるちからへと変わるのかもしれません。

 そんなふ久が、お年頃になり、弟が連れてくる野球部の男の子が気になり始めます。そして、脳内で始めたのが、恋愛的吹き替えです。彼らは野球部の先輩と後輩で、甲子園を目指して、一生懸命野球をやっているだけなのですが。ただのキャッチボールが、彼女の脳内に於いて、なんと仲むつまじいことでしょう。
           >泰介「嫌なんです、先輩のタマをほかの誰かが受けるなんて! 」
           >先輩「西門・・・」

 ふ久ちゃん 腐女子 好きとは何ぞや

 学生時代、め以子と桜子がやっていた「おお、心の友よ」は、ふ久ちゃんには分かりません。ふ久ちゃんは、物理を好み理解し、相変わらず同級生の友人にはあまり関心がない。父悠太郞の恩師であり、上司でもある、これまた変わり者で美しいものを偏愛する竹元教授とは話が合います。

 ふ久の頭の中でリピートされる脳内恋愛吹き替え。時局はどんどん悪くなり、先輩も軍隊に招集されることになり、久しぶりで西門家へ挨拶にやって来たところに告白します。「うち、諸岡君のこと複製したい」。今回も、ふ久の常識は、一般(主に父悠太郞と)とズレてしまい、弟の仲介があってやっと誤解を受けずに両親に伝えられることとなりました。もしも、頼もしい弟がいなかったらどうなっていたでしょう。
 
 そんな腐女子振りを見るにつけ、今回やっと腐女子のという存在が、掴めたような気がしました。
 
 そう言えば、前に、ふ久ちゃんは言ったのです。「二人の青春はウチの青春やから!」

 め以子は、不器用ですが真っ直ぐで頼もしい母ちゃんでもありますが、ふ久ちゃんにはすこししっくりこない部分がある。ふ久ちゃんが好きなものが、め以子に伝わるかと言えば、分からないけど何とかなるだろうという乗り切り能力で推し量るしかない。ふたりは、親子であるけれど、異文化でもあります。多少異なるものを育てていくのが、どんなに大変かは突っ込みませんが、「分かることを最善にしない」ことが良いのかなと思いました。
 実際、かなり仲が良くたって、女性にはおかあさんの愛情がうっとうしく(飽きる)感じられる時期が来ます。そこから、一旦脱出するツールとしての憬れが、ボーイズラブなのかもしれません。つまり、お母さんからではない、横のベクトルが欲しいのです。上から降ってくる、一方的でない愛情を必要とする時期が来たことが、何よりも素晴らしい。
 
  *画像は、庭のローズマリーと沼地の魔女です。