ツバメ町ガイドブック PAGE2 「六等星をもらえるプラネタリウム」

第16期(2014年8月-10月)

六等星をもらえるプラネタリウム

 世界の片隅の扉の向こうに、その町があり、その星がある。

 ”六等星をもらえるプラネタリウム”

 住所:ツバメ町 J地区 灰の小路

 店主はこう語る———
「”外”のかたは、滅多にこの町には来ないものですから。私も、こうして”外”からのお客さまにお会いしたのは、何十年ぶりかしらねぇ。そんなわけで、この町には、”外”のかたに泊まっていただくような場所が用意されていないのですよ」
 ガイドブックとしての実用性を顧慮するならば、この本に記載しておくべき重要な情報の一つが、ツバメ町にはホテルが無いということだろう。親切な人を探して泊めてもらえるよう頼んでみるのも一つの手ではあるが、寝場所として”六等星をもらえるプラネタリウム”を提供してもらうこともできる。
「この町では、太陽も月も星々も全て作り物で、それぞれ人の手によって管理されていて、それを仕事にしている人たちがいます。”外”では全く違うらしいと噂に聞きますが———なんでも、”外”の太陽や星は、何千段の梯子を上っても届かないほど遥か遠くにあり、信じがたいほどに巨大で広大無辺、ほとんど人智の及ばないようなもので、あまつさえそれが空中に浮いているというではないですか。この町では、空から吊り下げられたり貼り付けられたりしているサッカーボールくらいの大きさのものが、太陽と月というものなのに。ええ、例えばこの町の空に月を貼り付けるのは、”月屋”の仕事。言うなれば、この町にとっての惑星は、”外”の惑星のミニチュア版、あるいは箱庭版というところでしょうか。そこで、私は更なるミニチュアを作りました」
 提供されるのは、一人用サイズの丈夫なテント、薄手の毛布一枚、それからテントを張るためのスペースとしての小さな空き地の一角だ。ツバメ町は温暖な気候なのでテントで寝ることに支障はないが、真っ暗でなければ眠れないという人は事前にアイマスクを用意しておいたほうがいいだろう。何故なら、テントの中は全天の星だからだ。
 テント内を全天と表現するのもおかしな話だが、テントの天井に蓄光塗料で打たれた点の数々が星に見え、まばゆいほど。ただしその点の一つ一つは、光というにはあまりに、かぼそい。”外”の夜空を、まち針の先でつついて穴を開けたら、こんな微かな光が宇宙から漏れ出てくるのではというような、本当に小さな光。
「貴方だけの星を、見つけて下さいね」
 そんな一言とともに店主が差し入れてくれた、マグカップにたっぷりと入ったレモネードを啜りながら、唯一無二の星を探そう。ちらちらと光る空中を見つめていると、それがこのプラネタリウムテントの天井なのか、あるいは”ツバメ扉”をも突き抜けた本物の宇宙空間なのかも曖昧になってくる上、星はほとんどどれも同じに見えるが、根気よく手を伸ばし、空を探る。同じに見える星の中に一つだけ、小さいが他とは違う輝きを放つものがある筈だ。爪の先に硬いものがあたった感触がしたら、また見失わないうちにそれをしっかり握ること。それが、プラネタリウムテントから贈られる六等星だ。

 作り物の太陽が空から吊り下げられる頃、蓄光の星々は役目を終え、プラネタリウムテントの天井へ溶け込む。テントから出て、もらった六等星を確認すると、太陽の下ではそれはますます小さく、華奢で、星というよりも星砂に近い。奥歯のように少しいびつだ。
「昨日も申し上げた通り、ツバメ町の空の星は、全て人の手による作り物です。ですが、貴方がテントの中で手にしたその星は、人智を超えたもの。そう、”外”からいらっしゃった貴方がよく知る、”外”の本物の星。ただし、広大無辺な実物ではなく、”外”の方々の視界に映る星空を、可触化したもの。つまり、貴方がテントの中でその六等星を手にした瞬間、貴方は”外”の方々の視界から星を一つ失敬したんですよ。だから”外”の方々の視界からは、今頃、六等星が一つ行方不明になっている筈」
 なんてね、冗談ですよ、と店主は上品に笑うが、果たして本当に冗談なのだろうか。プラネタリウムテントから贈られる六等星はこの店主による作り物なのか、あるいはやはり店主の言葉こそが事実で、人々の目の中、網膜の像の星空から一つ頂戴したものなのか? 真相は”外”の天文学者にすら分からない。
「それに、”外”の方々の見る夜空には、星は無数にあるのでしょう? 砂浜から砂が一粒消えても、誰も気づかないし、気にも留めないですものね」
 手の中でキラリと光る、小さな小さな六等星。

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