ツバメ町ガイドブック PAGE1 「階段オルゴール屋」

第16期(2014年8月-10月)

 世界の片隅の扉の向こうに、その町があり、その店がある。

階段オルゴール屋

 ”階段オルゴール屋”
 住所:ツバメ町 Y地区 樫の小路

 店主はこう語る———
「いらっしゃいませ。……あれ、見ない顔だね。もしかして”外”からのお客さんですか。では、”ツバメ扉”に気に入られたんだね。この町に入るとき、”ツバメ扉”を通ってきたでしょう。たいていは、あの扉はかたく閉じていて、”外”の人が通れることは滅多にないんだけど。”外”の世界とここ……ツバメ町を繋いでいるのも隔てているのも、あの扉一枚だからね。”ツバメ扉”が、いわばこの町の番人であり、国境警備隊でもあるのさ」
 ここツバメ町は、空の太陽も星も作り物だそうだ。だから昼間でも黄昏時のごとく、空は輝きながらもどこか黄みを帯びて薄暗い。まるで丁寧に淹れたアールグレイの底に沈んだような町。
 ツバメ町の住民は、東京やパリやサンフランシスコを内包する世界、”ツバメ扉”の外側にある我々の世界のことを、”外”と呼ぶ。すなわち、ツバメ町は「世界」には含まれず、よって「世界」の常識や定理やルールや社会通念はこの町には適用されない。とても極端に言うならば、この町においては、木から林檎が地面に落下しているからといって、それが”外”と同じく重力によるものだとは限らないのだ。「世界」に属する者から見れば、ツバメ町は、住民も、この小さな町内に蝟集しているこまごまとした店も全て、不思議さと奇妙さに満ちている。
 例えば、この「階段オルゴール屋」だ。この店が取り扱うものは、一種類のオルゴール、それっきり。
 そのオルゴールは、装飾もなにもない、手のひらに隠せるほど小さな真っ白い箱で、オルゴールだといわれなければ、ただの積み木の一ピースにでも見えそうなほどの素朴な外見。底にある、小指の爪よりも小さなつまみを回すと、音が花開く。一般的なオルゴールの金属的な音とは全く異質な、それはまさしく、春に緩んだつぼみが時を得てふわりと綻ぶような、ごく柔らかい音だ。
「いい音でしょう。ツバメ町には作曲家なんて過去にも現在にもほとんどいないし、もちろん僕自身も作曲はできないので、僕の店にあるオルゴールのメロディーは全て同じ。遠い昔からこの町に伝わる、『ツバメの鼻歌』という曲」
 作曲家が存在しないとはどういうことか尋ねると、
「この町にはね、絵だとか、小説だとか、音楽だとか、彫刻だとか、詩だとか———いわゆる、芸術的な創作、そういった類のことを出来るように生まれついている人が、極端に少ないから」
 なるほど、迷路のように入り組んだ石畳の狭い路地に数多くの店が軒を連ねているにも関わらず、本屋やアートギャラリーといった、創作物を専門に扱う建物は一切見当たらない。それにしても、町にほとんど唯一の音楽がこの『ツバメの鼻歌』という曲だけだとすれば、聴き飽きるということはないのだろうか?
「もちろん、基本的にはこの町の住民はこのメロディーにはとっくに飽きてるはずだよ。子守唄も、食器洗いのときに口ずさむ歌も、これしかないからね。だからこそ、そんな聴き飽きたメロディーをわざわざオルゴールにしているのには、理由がある。少しでも新鮮な気持ちで聴けるようにね。お客さん、この町には何日くらい滞在する予定ですか。九日間? そう、それだけあれば充分。毎日、そのオルゴールを鳴らしてみて」

 ガイドブックとして店を紹介するからには、その店で扱っているものの値段や、問い合わせるための電話番号、最寄りのバス停なども併記しておかなければならない筈だが、しかしそのいずれも、このガイドブックに書くことはできない。この町には電話やパソコンといった通信機器類はおろか車もバイクも見当たらず、そして通貨やお金といった概念が存在しない。この町で物を得る手段は、物々交換というのとも少し違い、基本的にこの町の住民はツバメ町の中でなんらかの役目や仕事をもっていさえすれば、町という共同体の一員として認められ、無償でどの店に品物も手に入れることが出来るそうだ。”ツバメ扉”に受け入れられた者のみしか入れないために”外”からの出入りもほとんどない、ほぼ住民だけで成り立っている町だからこそのシステムだろうか。今回は、滅多にない”外”からの客だということで、オルゴールはプレゼントして頂いた。

 ツバメの翼のような美しい流線型の光沢を湛えた音色とはいえ、一見地味なこのオルゴールが、なぜ「階段オルゴール」という名称なのか? 謎だらけのツバメ町で作られているこのオルゴールには一体どんな不思議が込められているのか? その疑問は、店主に言われた通り二日目に再びオルゴールを鳴らしてみた時点で解け、三日目に鳴らした時には確信へと変わった。九日目を待ちきれずに、四日目にはオルゴールを持って、「階段オルゴール屋」を再訪した。
 一日目には単音だったオルゴールは、二日目には二和音となっていた。三日目には三和音。四日目には四和音。階段を一段ずつ上るごとく、一日に一つずつ、昨日よりも高い階調の音色が加わっていく。和音が一つ増えるだけで、音楽としての奥行き、幅、深度、全てが倍以上になり、それは飽きの来ない、多面体の表情を見せる。
 しかしこれだけの小さな箱に、そんな複雑かつ精巧なオルゴールのシリンダーを仕込むことは通常不可能だ。一体どんなテクノロジーを用いているのか訊いてみた。
「”外”の人はすぐに仕組みや理論や成り立ちを気にするそうだけど、少なくともこの町の中では、オルゴールの音がどんどん増えていくことくらい、別に驚くべきことじゃない。そういうふうに作っている、というだけだよ」
 なんでも、一日ごとに増えていくその和音の数には際限がなく、店主にもどこまで増えるのかは分からないとのこと。ただし和音は音階を上がっていく形で増えていくので、次第に人間の耳では聞こえない高さに達し、実質的に聞こえる和音の数は一定範囲内に収まるだそうだ。

 ツバメ町では、永遠性、無限性といったようなものが手のひらサイズのオルゴールに、当たり前のように含有されている。
 とはいえ、誤解のないように言っておきたい。ここは、魔法使いの町というわけではないようだ。ほとんど魔法じみて見えるとしても。科学とも錬金術とも魔法とも遠く離れたところに、この町は立脚している。

 ツバメ町を旅するのは、容易ではない。もっとも、言葉は通じるし、ほぼ見渡すかぎりの平和があり、おまけに”外”でのような通貨も無用だ。ただ、唯一にして最大の難関は、”ツバメ扉”に気に入ってもらえるか否か。扉に拒まれれば、決してこの町を訪れることはできない。何をもって通行許可を与えられるのか? その判断基準は、扉のみが知る。
 そういったわけで、誰もがこの町を訪れることが出来るわけではない———むしろ、”外”の大半の人間は扉に弾かれる。とするならば、これは多くの人々にとっては、辿りつけない場所のガイドブックであり、それは無用の長物ということになるかもしれない。けれど、いつか”ツバメ扉”を見つけ、そして扉に通行を許される人のために、この本はできた。それは今このガイドブックを読んでいる、他ならぬ貴方なのかもしれないのだから、どうか覚えていてほしい。もしもツバメ町を訪れることがあったら、常識も、科学的な考えも、財布も、それから携帯電話なんていう野暮なものも捨ててから、手ぶらで、町の適当な店のドアを開いてみるといい。

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