ツバメ町ガイドブック THE LAST PAGE 「宵闇収集屋」

第17期(2014年10月-11月)

umidori

 世界の片隅の扉の向こうに、その町があり、その宵闇がある。

 ”宵闇収集屋”

 住所:ツバメ町 V地区 霞の小路

 ツバメ町の中でも特徴的な店、有名な店を住民に聞いて回ったところ、”宵闇収集屋”なる男性の名を挙げる人が多かった。
 町の南西の端に位置するここは店ではない。看板もない個人宅であるため、内部には入れないが、今回本人から特別に話を聞くことができた。ちなみに、宵闇が必要なときはL地区にある”加工屋”に頼めばこの”宵闇収集屋”へと取り次いでもらえるそうなのだが、それ以外でその男性と会うには、夜、宵闇の濃い辺りを歩いてみる必要がある。浴衣姿に懐腕で逍遥している男性を見かけたら、それが彼、”宵闇収集屋”である。彼はなかなかに気難しく、インタビューに応じてもらうまでが大変だったが、こちらの質問に答えてというよりは、彼が自分が言いたいことだけを語るという形での会話には応じてくれた。
 まず、宵闇を収集するとはどういうことかを尋ねてみた。
「屋号そのままの意味だ。夜の闇の質を見極め、その闇を塊として掬う。宵闇は固形となり、日の光の真下でも二十四時間存在する」
 彼の仕事道具はスターリングシルバー製のナイフ一本。これで夜の闇を「物体」として「掬い」、あるいは「削り」、闇の塊として持続させることができるのだという。
 ———一体、なんの為に?
ここでまた、”外”での判断基準が出てくる向きは多いと思われる。闇を物質化して、なんのメリットがと考えるのが”外”では一般的だろう。
「ツバメ町ではこれが役に立つ…………いや、必要なんだ」だがそれ以上に、彼は闇に対して、あるいは光に対して、思うところがあるのだそうだ。
「『明けない夜はない』という常套句があるな。大抵は、苦境や逆境にある者への励まし、崩折れそうになる者への説諭として使われる比喩の言い回しだ。だが、夜は苦痛か? 夜明けは幸福か? 必ずしも光は歓喜や希望のみを齎すか? 終わらない朝は喜びか? 望まない朝の訪れを忌々しく思ったことは? 黄昏の色に安堵を覚えたことは?」
 濃密な夜の闇が彼の目元の表情を奪う中、彼は滔々と語る、あるいは問う。
「数日でもツバメ町に滞在したのなら分かるだろう。この町には全てにおいて理由がない。成立している為の必要性がない。なんで、どうして、なんの為に、なんて質問を、はなから拒むように出来ている。だからこの町は、脆い。真夜中と夜明けの合間の、あわいのようにな。確固たるものは何もない。明確な希望も、絶対的な絶望も。それでも毎日朝になれば太陽が吊り上げられ、眩しさが目を刺す。馴れ馴れしく、日の光が肩に寄り添う。だからまあ、俺が闇を掬っても掬っても、この町から光がなくなることはない」
 ”宵闇収集屋”氏は実際に、宵闇の切削をやってみせてくれた。ナイフで削り取られた闇は切片の端が生々しく鋭利で、生きている。ツバメ町においては闇は”加工屋”によって加工され、別の状態へと変化を遂げるのだという。それは場合によっては『死』でもあるというのだが、その大元たる宵闇を集めている”宵闇収集屋”は、自分の掬った闇がその後どう使われようと興味はないのだという。
「この町は脆い。夜も脆い。あっという間に朝に奪われる。俺も、ツバメ町の”外”がどんな所かは知っている。成立している理由も存在する理由もないこの町は”外”から見れば進歩もなく科学もなくテクノロジーもなく、無力で、ひたすらに奇妙なだけだ。オルゴールの音階が無限に増えたからって、それがなんになる? ”外”ではロケットが宇宙へ飛び出し、衛星探査機が地球の上を飛び交い、誰もが生きる為に働き、幸福に暮らす為にあたたかな光を望む。ツバメ町以上に」
 ”外”での黄昏時は一日の中のほんの一瞬だが、ツバメ町は朝も昼も、常にどこか薄黄色い、アールグレイの黄昏色。あるいはそれは、日の光の下でも存在している宵闇の塊たちのせいなのかもしれない。光は中和されているのだ。
「俺は別に光を憎んでいるわけでも朝が嫌いなわけでもない。光と闇の間で目的もなくぼんやりと溶けていきそうなこの町の光景が好きで、ずっとそれが続けばいいと思っている。それにどのみち、俺がどれだけ闇を集めようと、ツバメ町においてだって『明けない夜はない』。それは希望でも絶望でもなく、ただただ繰り返される。森を流れ川を行き、雨になって降り注ぎ、濾過されながら循環する、本質的には決して汚れることのない、水のように」

 ツバメ町ガイドブック Fin.