ツバメ町ガイドブック PAGE8─住人のコラム─ 「とある絵描きのエアメール」

第17期(2014年10月-11月)

letter

 世界の片隅から、この手紙は届くだろうか。

 手記という名のコラム ”とある絵描きのエアメール”

 住所:ツバメ町 T地区 猫の小路

 ここ何日か、ツバメ町の中を一人の男性が精査するごとき真面目さで歩きまわってる。
 一目見て、すぐに分かった。”外”の人だ。
俺と同じ、ツバメ扉の外から、この不思議な町へやってきた……ただし、俺と異なるのは、町に永住するわけではないらしいということ。どうやらこの町のガイドブックを作ろうとしているとの噂を耳にした。数日間の滞在のためにこの町にやってくる人は、多分、珍しい。
「貴方は、町で唯一の絵描き……”絵屋”さんだそうですね」
 訪ねてきた男性が、にこやかに言う。
たった数日間だけの滞在者が珍しいのと同じくらい、俺もこの町では珍しいらしく、この町に引っ越してきてからというもの、いろんな人が俺のもとへやってくる。消えないコンパクトサイズの虹を作っては配り歩いている”虹を配る男”に、生命以外のあらゆるものを補修してみせる”補修屋”、俺のことを町内新聞(のようなノートブック)に書きたいという”記事屋”、俺に絵の先生になってほしいと言った”しましまちゃん”や、それから———。
「この町の魅力を教えて下さい」と、”外”の彼は言う。ガイドブックとしての精度を上げるためには、住人の声も載せる必要がある、ということらしい。
 ここツバメ町の、良いところ。俺は指折り考えてみた。金銭という概念がないので、生活のためにあくせくする必要がないところ。奇妙さや不思議さを携えた沢山の人々と日々顔を逢わせ、驚かされたり微笑ましい気持ちにしてもらったり、仰天させられたり、感心させられたりして、それによって、「日々に飽きる」とか「惰性的な日常」といったゆるやかな毒、ゆるやかな憂いを忘れさせてくれること。狭い町であるにも関わらず、それぞれの関心のあることがばらばらなので、行列や混雑や人混みといったものとは無縁なところ。”外”での嫌な記憶の、ついてくる余地のないところ……。
「ほっていくれるところ、ですかね」
 簡潔にひねり出した俺の一言に、彼は困惑の表情を見せる。確かに、ガイドブックに載せる住民の生の声として、このコメントは訴求力としては微妙なところかもしれない。でもまさか、ここはとても風光明媚な土地で、町の人々も温かく────なんて言う気にもならない。それは決して現状から外れてはいないけれど、ここはそんな”外”の温泉街にでもよくあるようなアピールポイントを売りにしている場所じゃない。
 ……とはいえ、そもそも、ツバメ町のガイドブックというもの自体が謎だ。
「大半の人はツバメ扉に拒まれて入れないかもしれないのに、そんな町のガイドブックが役に立つでしょうか?」
 控えめな俺の疑問に、彼は面白そうに頬に刻む笑みを深めて明朗に答えた。
「他の住人の方にお話を伺ってみた時、貴方は”外”で生まれ育ってからここに引っ越してきた稀有な人だと聞きましたが、なるほど、今の質問で少し納得しました。あなたには”外”の空気と判断基準が、まだ少し残ってる」
「どういうことですか?」
「役に立つか、有益か、という判断基準は、”外”特有のものですよね」
 俺は降参の唸り声を小さくあげた。
「……確かに。さすがよく調べてらっしゃいますね。俺もだいぶこの町に馴染んだつもりでしたが、”外”の頃の考え方はなかなか身についたまま、抜けません」
「ツバメ町風に言うなら、存在するものが役に立つ必要などない、ですよね」
「俺の知人なら、もっと極論———『この世そのものが役立たずだ』くらいは言うでしょうね」
「お知り合いですか? もし宜しければ、その方にもガイドブックの参考のためにインタビューをお願いできないでしょうか」
「うーん、どうでしょうね。気まぐれだし、無愛想だし、この町の住人にしては警戒心の強い人だから」
 あまり推薦は出来ないと言うと、彼はすんなり引き下がった。
「役に立たなくてもいいガイドブックのために、人に無理強いはしません」
 淡然としたその物言いに、むしろ少々申し訳無さが募る。役立たずでいい、つまり訴求力を求める必要性が低いとはいえ、ツバメ町に生きることを選んだ身として、アピールポイントを何一つ言えないのでは立つ瀬がない。かと言って、俺にとってのこの町の良いところは先に言った通り、放っておいてもらえること。求めることも求められることも、与えることも与えられることも、過不足なく、ありのままの自然以上に無理をする必要がない。それはある意味、俺にとっては理想郷と呼べる。
「すみません、ツバメ町の住み心地や土地柄の良さについての万人向けのアピールは、やっぱりあまりお役には立てないと思います。ただ、”外”で暮らしていた頃に友人や知人だった人たちに向けての俺の声を、ガイドブックの片隅にでも載せてもらえますか? それが一番、素直で率直なアピールになるかもしれない」
「いいですよ。コラムとして、貴方の手記という形にしましょう。いわば、ツバメ町から”外”へのエアメールですね」

 扉の向こう側への、エアメール。
役立たずな町から、役立たずな世界へ、人ひとりぶんの幸せの重みは、届くだろうか。
 俺はこの町で、幸福でいるよ。

 次号 ツバメ町ガイドブック PAGE9 「ココロ・ファースト・エイド・キット・ボックス」