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第19期(2015年2月-3月)

赤い色。赤い実。赤い空。

赤色の服を定期的に身に纏いたくなる。
普段、青色の服を選ぶことが多いのだけど、
一定期間を置いてふと赤い色のものを強烈に欲する時が何故かあるのです。
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赤で一番に思い浮かぶ映画は、セルゲイ・パラジャーノフの「ざくろの色」だ。
刺激的な赤色がたくさん出てくる。
赤い服を着た少年を挟んで赤く赤く染められていく糸。
置かれた石榴から流れる赤い色。
血のような赤い色。
あれを初めて見た時、心底びっくりした。目がびっくりしていた。

砂漠で焚き火をした。
慣れた手つきで彼らは火を熾して行く。
満月だけどその他の灯のない其所には眩しすぎる程の火があがった。
太鼓の音を聞きながら眠い目をこすりこすり、英語とフランス語で繰り広げられる会話に
耳を傾ける。火が弱くなると枯れ枝を足す。また燃え上がる。
焚き火は、じっと見ていると遠くにいく気分になる。
何かはなしかけられているような気になるのだ。

朝、起きると朝日を見に行った。生憎、腹痛で砂丘を登りきったところで力尽き、その場に
しゃがみ込んで朝日を待った。光が差し込んで砂漠が赤く染められて行く。
目を細めると境界線がなくなって溶け出す風景を、丸くなったまま静かに見つめた。

昔、山小屋で働いていた時、その山に登って来る人の殆どの目的が朝日だったので
朝日の時間は一番賑やかだった。
毎日心静かに眺めることは出来なかったけれど、いそいそおにぎりを握る厨房にも真っ赤な光が入り辺り一面、赤色に染めた。
毎日違って、毎日大きく思った。
山には、青い空と白い雲と地面と山小屋しかなかったし、赤色は毎日大きく感じた。
毎日違う景色を見せてくれて自分の小ささを、街にいると忘れてしまう頭の上にある世界を大きく意識させられた。
私の今住んでいる家も窓が東向きに並んでいて早起きしたり夜更かししすぎると朝日が見れる。
赤い日もあれば、白い日もある。

いまでも朝日に会えた日は少し何かがあるような気がする。
赤色は私に、ぽっと小さな火をつける色の様です。
aka

▲一枚目の写真は、私の作業机。何かひとつ区切りが着く度、塗り替える。何層にもなっている。赤い時期もありました。