月が一番近づいた夜

第26期(2016年4月-5月)

信じ難い悲劇が起こるなら、

信じ難い奇跡の一つくらい。

月

何の褒美か。

冬の凍えるような満月の夜。

ある国のトップに、月からお告げが。

 

月「たった一つだけなら叶えてやりますよ、沈む前に決めてもらえるなら」

 

トップは、真冬の空のもと街中を歩いていた若者を5人呼び集め、月からのお告げを伝えた。

 

トップ「お告げを国民に公表しては争いの火種になる。わしには決められないから、君たちで願いを決めてもらえんか。君たちの意見をそのまま伝えるつもりだ。月が沈む前に決めて欲しい。願いが決まったら教えてくれ。」

 

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5分間の沈黙。

 

若者1「俺はがんが治る薬があればいいと思う。これだけがんにかかる人が多いんだから、奇跡を待ち望んでる人もその分多いと思う。」

そうだね、待ち望んでる人は多いだろうね。でも、分かんないけど、みんながみんな助かったら、将来私たちは大変かもしれない。今より寿命が伸びていっても、私たちじゃ支えられないんじゃないかな。私なんて自分の生活をするだけでも精一杯なのに。だから、怖さがある。

 

若者2「私は障害の一つが無くなればいいと思う。私の弟は生まれつき目が見えないんだけど、ふるさとの街を、海を、山を一度は見てもらいたい。」

盲目の人たちを治すってことやんな?それって俺らが決めちゃってええことなんかな。見えるようになるのが恐い人もいるかもしれへん。見えるようになることで、身体に不調を起こす人が出てきたらどうしよう。その人たちに対して俺らじゃ責任とれへんと思う。

 

若者3「私はちょっとでも給料が上がればなと思う。正直、今は他のことは思いつかない。カツカツ過ぎて先が見えない。こんなんで家族持つなんて絶対無理だし。自分ごとになるけど、これが私の願い。」

うーん、奇跡ってもっと大きいことやと思うねん。奇跡をお金には替えたくない。それよりも、なんというか、私たちの力ではどうにもならないことに使ったほうがええんちゃうかな。

 

若者4「俺はこないだの大震災が無くなったらええと思う。悲劇が起こったんやから、この奇跡で打ち消したい。」

うん、私も真っ先に同じことを考えたし、それしかないと思った。でも、分かんないけど、起こってしまった災害を無くす代わりに、それ以上の災害が来ちゃったりしないかな。いや、もちろんあの出来事を無かったことにしたいんだけど、その代償にもっと大きなものを引き寄せることになるかもしれないなって。そんな気がしちゃう。そのとき私は耐えられない。

 

若者5「私は過去の後悔を取り除きたい。5年前に知らない男に撮られた動画を消したい、ううん、私だけの問題じゃないんだよ。私の友達にもいるし。ほら夜にネットをしてたら、同じ悩みを抱えている人たちがすぐ見つかるよ。いつかばら撒かれたりしないかと心配で毎晩眠れなくて。いつも不安な気持ちが残っていて、最近は何をやっても楽しくない。あの時は、まさか2万円を夢と引き換えにするなんて思ってもみなかった。」

分かる、分かるよ。それは本当に大変なことだと思うけど、、、その時の自分にもちょっとは落ち度があったわけじゃん。 それを奇跡で使うのってどうなんだろう、、、。

 

扉が開き、トップが戻って来る。

 

トップ「みなさん決まったかね?そろそろ月が沈んでしまう。まとめてもらった願いは私が責任をもって伝える。」

若者 「分かりました、今まとめます。」

トップ「ありがとう。助かった。このような奇跡はこの国にはもう二度と起こらないかもしれない。

本当に難しい決断をしてくれてありがとう。国を代表して、君たちに感謝する。

そして、今晩のことは絶対誰にも言わないで欲しい。それだけは守ってもらえないか。」

 

雪

翌朝、その国には雪が降っていた。

雪かきをする、おばあちゃんたち。

「今日も冷えとうなぁ。」

「ほんまやな、あと1ヶ月はこんな感じかもな」

「はよ春が来てほしいわ。せやけど、今日なんか手の調子いいねん。」

「そう言われれば私もやわ。あら、よう見たら、あかぎれが治ってるわ。

長いこと生きとったら、不思議なこともあるもんやな。」

 

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『月が一番近づいた夜/SION』(1993年) オマージュ