本当に本当にちっとも大したことではないこと

第31期(2017年2月-3月)

強い日差しの下で風に踊る紙切れを見た。

それを見たのは、ある大好きな空港でのこと。ボルネオ島の北東部のはじっこにある小さな小さな地方空港で、海外調査の際に利用している。わたしはこの空港が格別に好きなのだった。

runway

調査が終わった後、州都へ移動するために、この空港で1-2時間、フライトを待つ。ゲートもロビーもひとつしかなくて、ロビーの中に簡易食堂を兼ねた売店がある。ロビーの簡易食堂の領域には、古いテレビが1台、まるで神棚のように置かれていて、やや変色した画面に、地元のニュースや子供向けの番組が映されている。フライトを待つ家族連れやおじさんたちが集まって、甘いコーヒーやぶくぶくと泡立ったミルクティーを飲みながら、テレビを見たり楽しそうにおしゃべりをしたりしている。早く着くと、空港の職員さんたちがお茶を飲みながら休憩している場面に出会ったりもする。

わたしも、チェックインしてスーツケースを預けたあとは、ロビーとつながった簡易食堂の木製の椅子に座って、円錐形で包装紙を剥いていくタイプのアイスクリームを買って食べたり、ミルクティーを注文して飲んだりする。そうして、食べかすや水滴を注意深く拭き取った木製の机にフィールドノートを広げて、今回の調査のまとめを書き記したり、久しぶりに満足に通じる携帯回線でインターネットを楽しんだりするのだった。

外は、頭がぼんやりしてくるほどの熱帯の暑さで、ちょっと濁った窓ガラスから見える街の景色は、太陽の光で真っ白に輝いている。昼過ぎには、たまにスコールがあって、空から灰色の雨がごばごば落ちてくるのが見えることもある。この国では、屋内は冷房がききすぎていて、お腹が痛くなってしまうくらいのところも多いけれど、この空港では、機械の調子が悪いのか、くたびれたTシャツに擦り切れたブルージーンズと、ビーチサンダルくらいで、ちょうど良いのだった。

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いつも朝11時のフライトに乗るのだけれど、乗客が少なかったり、飛行機がまだ着いていなかったりして、次の便にまわされたり、遅れたりすることが、わりと頻繁にある。1-2時間は普通に遅れる。調査が終わって森の中から出てきて、さて州都でおいしいお昼でも食べよう!と思っているところに、フライトの遅れが生じたりすると、けっこう悲しい思いをすることになる。

ただし、フライトが遅れると、フードチケットがもらえることがある (もらえないこともある)。簡易食堂に提出すると、無料でお昼が食べられる。米か麺を選び、その上に、何種類かある肉や魚と野菜をふたつくらい選んで、盛り付けてもらうシステム。まだあまり経験もなかった頃、このフードチケットをもらって、せっかく無料なんだったらいろいろなおかずを味わってみよう…!と、あれもこれもごはんの上に乗せてもらったことがある。そうしたところ、しっかり追加料金を取られて、なんだか切ない気持ちになったのだった。

lunch

あるときは、11時からのフライトがキャンセルになって、16時からの便に振り替えられてしまったことがあった。カウンターで職員さんに交渉しても、14時の便は満席なのでごめんね…とのこと。まあ、仕方ないものは仕方ない…とあきらめて、簡易食堂の机の上にPCを広げてお仕事を始めた。

14時の便として州都に引き返す飛行機が到着して、乗客が乗り込んでいき、はぁ、あと2時間か…としょんぼりしていると、さっきの職員さんがあわただしくやってきて、席が空いてたから乗れるけどどうする!?と訊いてくれる。もちろん乗るよ!と返事をして、急いでPCやら論文やらをリュックにしまいこんで、搭乗口へ急いだのだった。年の頃はわたしと同じくらい、足首まである花柄のすてきな長袖ワンピースに、同じく花柄のヒジャブをかぶったその職員のお姉さんが、なんとも凛々しく見えたのだった。

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搭乗を待つのは隣の部屋で、移動の際に、チケットを確認され、手荷物検査を受ける。この部屋のほうは、冷房がよくきいていてちょっと寒いかわりに、窓が大きくて、滑走路が広く見渡せる。ずっと向こうのほうに降りたプロペラ機が、徐々にスピードを落として近づいてくるのは、いつ見てもなんだか楽しい。たまに現地の人がスマートフォンのカメラで飛行機の写真を撮っていたりするけれど、その気持もよくわかるような気がする。

滑走路とはガラス張りのドア1枚で隔てられているだけで、まだ飛行機のプロペラが回っているときに、そのドアをあけて職員さんが滑走路に出ていったりすると、ブウゥン…という轟音が待ち合い室の中にも入り込んでくる。ドアを閉めきっていると、熱帯の太陽に熱せられたまぶしい暑さも、飛行機のたてる轟音も、待ち合い室の中にはいっさい入り込んでこないことについて、あらためて、不思議な気分で思いをめぐらせる。

整備や掃除が終わると、わたしたちはその飛行機に乗って州都に引き返す。待ち合い室から出て、陽炎の揺れる滑走路を歩いて、飛行機に直接乗り込む。飛行機の後部のドアは狭いので、乗客たちは炎天下で列をつくる。プロペラエンジンの後ろは熱風が吹きつけて、眉毛が焦げそうなくらいの熱さなので、その部分だけ、行列にブランクができる。

待ち合い室から出てすぐのところには、ちょっとした池があって、作り物のシラサギが置いてある。なんだかマヌケなその造形はとても愛らしくて、それを確認するのをいつも楽しみにしているのだった。ほとんど同じような作り物のシラサギを、州都の共同研究先の大学の構内でもみつけたけれど、同じ会社が作っているのだろうか…?

滑走路の先のほうの湿った草原には、ちゃんと本物のシラサギもいる。草原の緑の中に、結構な数が、ぽつぽつしている。ゆったりしたあの独特の佇まいで、猛スピードで滑走するプロペラ機のことなどお構いなしに、思い思いに歩いたり、首をすくめたりしている。

shirasagi

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強い日差しの下で風に踊る紙切れを見たのは、この待ち合い室でのこと。窓際の席に腰かけて、ふと外を見やると、真っ白で、一般的なコピー用紙よりはいくぶんか分厚そうな紙切れが、風に吹かれてかたかた踊っていた。それはレシートよりも小さくて、きれいな長方形ではなくゆがんだ形をしており、紙切れと呼ぶにふさわしいものだった。見えていた面には、何も書かれていなかった。

うまく言えないのだけれど、その紙切れは、そこにあって見えているのに、なんだかすっかり現実感が欠如していた。滑走路には、きっと熱風が吹いていて、もしかしたらプロペラエンジンの轟音も聞こえていたかもしれない。けれど、窓ガラス1枚を隔てて涼しい待ち合い室にいるわたしには、その熱風も轟音も感じられない。そもそも、その紙切れがどこからやってきて、何に使われた紙だったのか、わたしには知るすべもない。

調査終わりの安堵感とともに、この紙切れのことを眺めたほんの数秒間のこと、本当に本当にちっとも大したことではないのだけれど、なんだか誰かに話してみたくて、長々と、大好きな空港のことからつづってみた。

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本当に大したことではないし、結局すぐに忘れてしまうのだけれど、あのね、あのね……と、なんだか誰かに話したくなってしまうことが、わたしには、けっこうたくさんある。

heron