死体から生まれる民俗芸能 ーとりあえずのIntroductionとして

第40期(2018年8月-9月)

日本各地で古くより継承されてきた民俗芸能は現代を生きるわたしたちにとって、もはや無用の長物なのでしょうか? 開国以降の西洋に習う国策、敗戦以後の民主主義化や高度経済成長などの社会構造の変化を起因として、多くの民俗芸能がいま断絶の危機にあります。…と聞くと「何百年前の開国に何年十年前の敗戦にと、そんな過去の出来事がなんで現在の民俗芸能の存続に関係するのか?」と疑問を抱かれるかもしれません。

民俗芸能とはその時代/その土地に生きる市井の人間たちの祈りをまた次の世代へと継いでいく、いわばアーカイブの機能を担っています。ここでいう祈りやアーカイブとは、その土地に生きる上での知恵やそこに生きた祖霊の供養、集落の維持や発展など多岐に及びます。その上で2018年というこの時代は、身体的には太平洋戦争を10代で経験した戦前から戦後へとつなぐ「焼け跡世代」の高齢化と死、また多くの日本人の生活が都市化するとともに画一化していること。そして思想的には開国以降、また戦後に日本の社会に施されてきた欧米的デザインが、無意識の内にわたしたちの日常を形成しています。つまり、歴史は点ではなく、それを体験した人間の寿命分、また思想として長きにわたりわたしたちに影響を及ぼしています。冒頭に挙げた問い「民俗芸能は必要なのか?」に対し道義や倫理や正義感ではなく、根源的本能として応答するには、この身体面、思想面を通しての思考が必要だと思います。

さて、わたしはこんな問いを抱きながら、現代における民俗芸能を多角的に捉え直す3つのプロジェクトを進めています。ひとつは朽木古屋六斎念仏踊りの継承事業。これは滋賀県内朽木古屋という過疎集落に800年以上継がれている民俗芸能の継承をおこなう事業です。実際、この芸能は継承者がおらず、4年ほど途絶えていました。そんなとき教育委員会からのお声掛けがあり、パフォーミングアーツの知恵や経験を用いながら、一緒に継承を考えていくことになりました。いまもご存命の継承者から習い、多様なアーティストたちに関わってもらいながら3年前に復活を遂げ、昨夏にはこの土地にルーツを持つ若い人たちも触発されて継承に名乗りを上げました。いまはその方たちとアーティストとが共に切磋琢磨しながら、現代における芸能の継承を考えています。

上の朽木古屋の例はいわば「アートを用いた民俗芸能の継承」という方向ですが、もうひとつは「民俗芸能を用いた都市の発見」という趣向のプロジェクトです。明治維新から150年。古代より我々を生かし/活かしてきた民俗芸能がそう簡単に不要となることはあるまいという仮説のもと、都市に住まう人たちの間で無意識に形成されている民俗芸能的な振る舞いを探そうと、京都芸術センターと協働して進めているリサーチプロジェクトです。こちらは京都の老舗百貨店・大丸における民俗芸能を見つけ、表象することとなると思います。

3つ目は民俗芸能継続困難なこの時代に、新たな民俗芸能を立ち上げようというプロジェクトです。こちらは九州大学のソーシャルアートラボと協働して、お茶の生産地として有名な奥八女で住民の方たちの生活や農耕のスタイル、またその歴史などから振りや音を起こし、住民の方たちと酒を呑み交わしながら提案。そこから皆が面白いと思える芸能を話し合いその土地固有の芸能をつくります。方向性を示すとしたら「古代よりの民俗芸能や近代以降のパフォーミングアーツから、現代の民俗芸能を見出す」という感じでしょうか。

いずれもこれまでに為されたことのない民俗芸能の新たな捉え方や活かし方だと思います。これから9月に掛けて、これらプロジェクトの進捗や思考を書き記しながら、広く民俗芸能を楽しめるプラットフォームを提示できればと。そしていずれも実際に足を運ぶこともできるので、興味関心を抱かれるなら是非遊びに来てください。というわけで毎週日曜日に書き進めようと思います。