死者から生まれる民俗芸能 ー交歓する農業と芸術③

第40期(2018年8月-9月)

奥八女は笠原地区に民俗芸能を立ち上げるーー。地元の方たちへのお披露目会を翌日に控え、いまはロシア、香港からの3人とその稽古に勤しんでいます。そんな面々で、なにをもって笠原の芸能とするのか/なるのか? 農業をはじめとするこの1ヶ月弱の滞在から得た所作やこの土地の言語性から構成しています。

多くは林業と炭焼き、また水田と茶畑を生業とする笠原地区。特に6年前の九州北部豪雨では甚大な山崩れが起こり、またそれ以前にも(多くの山でそうであるように)伐採作業中の事故で亡くなる方は多くいらっしゃいます。多くの恵みをもたらす一方でそうした所以もあり、山岳信仰でも言及されるように山には霊魂が宿るのでしょう。つくる芸能は山中をその舞台としました。といっても、何百年と継続される中で、時代を越えてその土地を表象する芸能がひと月で生まれるわけもありません。今回構成した芸能はあくまでも「土台」に過ぎず、これからどのような対話を住民の方たちと重ね、また練ることができるかが重要と考えています。

前回、芸能を構成するに大事なことは「(内輪だとしても)面白いと思えること」「地域性があること」「祈りであること」と示しました。特に祈りの要素をどのように含み、どのように共有するかは、その芸能の根源的な価値を定めるといっても過言ではないと思います。地域住民への聞き取りでは、「人が少なくなった」ことをみなさん口々に言われます。この芸能は死者がこれから生まれゆく者にどう関われるのかという観点からつくっています。たとえば木は切られても根を残して土の流失を防ぎ、新たな植物がその地にある程度根を張るまで待っています。そして(種類に依っては切られても成長を続けますが)やがては土に還り、これからの生者の源となるわけです。そうした「死と生の循環」は民俗芸能をはじめ、厳しい自然環境に生きる日本の人々にも強く影響を与えていたわけですが、聞き取りの結果しかり、科学技術の進んだ近代以降そうした自然や祖霊との循環は薄れていると言わざるを得ません。

視野を今回の芸能から、それが育まれる環境にまで広げると。こうした中山間地域に芸術が介入することは、その地域における「価値の表現」となります。日常に埋もれた価値をアーティストたちが拾い上げ、表現とする。そうした「日常のリノベーション」による地元の方との相互交流や新たな人材介入の道筋として、芸術は過疎化の進む日本の山間地に希望を見出せるでしょう。その歩みが都市一辺倒の価値観を変え、また単年ごとに構想され、日本各地で乱発されるアートフェスティバルから、日常性を持ったアートへの手がかりになるのかもしれません。それこそ宮沢賢治が理想とした農業と芸術のある日常だったのではないのでしょうか。