谷底本箱煙猫―おまたせクッキー

長期滞在者

ちょうどよかったわ。いっしょに おやつをたべてって

『おまたせクッキー』より

小学生の頃、家庭訪問の時期が待ち遠しかった。学校から家庭訪問の日程表が配られると仲の良い子4、5人で集まって作戦会議を開く。14時半にともちゃんち、つぎはひろえちゃんちだね、と先生が各自宅を訪れる時間を確認する。学校から先生にぞろぞろくっついてみんなの家をはしごしたり、時には先回りして待ち伏せしたりと、先生にも親たちにとってもたいへん迷惑極まりないこの遊びを、私達は毎年工夫をこらして楽しんでいた。
5年生の時だったと思う。私達は先生にクッキーを作って食べてもらうことにした。先生の後をハーメルンの笛吹きの話のようについて歩き、何件か回ったあと、先生と別れてひろえちゃんの家へと急いだ。家庭訪問というと、どの家でも喉を潤す飲み物とちょっとしたお茶うけを出すのが常である。しかし、ここは蔵王の麓、中山間地域の田舎である。しゃれたお菓子なんてそうあるものじゃない。ダイニングテーブルに椅子、ではなく、布団のかかっていないこたつの上にあるのは白菜漬け、もしくは小袋に入ったザ・昭和なアソートなのだ。私達はそれではいけないと思った。先生が家に来てくれるのだ、そんなばばくさいのを出すなんて!ねえ、先生にかわいいお菓子を作って食べてもらおうよ。私達はひろえちゃんちの台所でお菓子作りの本とにらめっこしながら生地をこね、トースターへ入れた。待つこと15分、チーンと焼き上がりの音がして第1弾が完成した。手で丸めてつぶしただけの素朴な紅茶クッキーだけど、とてもおいしかった。生地はまだ余っている。誰かが七味唐辛子を手にしていった。「これ、先生の分にだけ入れてみよう。1つだけ外れがあるの。おもしろくない?」余った生地に七味唐辛子をたっぷり入れてこねる。悪魔と化した私たちは結局唐辛子だけでは飽き足らず、わさび入りや辛子入りもつくったように思う。再びチーンと音がし、明らかに最初とは見た目の違うクッキーが出来上がった。でも、先生だってまさか唐辛子が入っているとは思うまい。それからしばらくして、先生がやってきた。私達は雁首揃えていそいそとクッキーの入った皿を差し出した。「私たちが焼きました、ぜひ食べてください。」先生は笑いながらクッキーに手を伸ばす――先生は1つとって口に入れた。ところがその後のことを全く覚えていないのだ。確かに食べたと思うのだが、変な顔をしながらもがまんして食べたのか、それとも、うへえ!なんて言ってせきこんだのか、こら!といっておこったのか。もしかしたら本当にぺろっと食べてしまったのかもしれない。

そんな話のあとの1冊は『おまたせクッキー』です。おかあさんがクッキーを12こ焼いてくれました。兄弟2人で食べるから6つづつ。ところが食べようとしたその瞬間、ピンポーン。友達がやってきます。その後も、どんどんお客様は増えていって……。もうこれ以上増えたら分けられない!というときにおばあちゃんがたくさんのクッキーをもってやってきます。
さて、私達は家庭訪問の先生と一緒に友達の家におじゃましていましたが、大人からしたら本当に迷惑な話だと今では思います。出されたお茶菓子をじっと見つめる複数の子供の目を気にしながら食べるか否か迷う若い先生に、急に来られても子供達の分までお菓子の用意がないお母さん。訪問が1軒終わる毎に子供の行列に新たに1人加わるわけですから、遅い時間ご家庭はさぞ面食らったことでしょう。『おまたせクッキー』のような最後が私達にも訪れたらよかったのになあ。

☆今月の一冊:『おまたせクッキー』(パット・ハッチンス作/偕成社)

おまたせクッキー