谷底本箱煙猫―おやすみなさいフランシス

長期滞在者

≪眠れない夜、地上をやさしく照らしている月を思う。月が照らしている家の一軒にベットが2台並んでいる。2人の子。1人はすやすや寝ているが、傍らの1人は今にも泣きだしそうだ。何かにおびえ、じっと天井の一点を見つめている。彼女は何を見ているのだろう。≫

 私は小学生になっても、自分で部屋の灯りを消してから眠る、ということができなかった。私が布団に入ってから小一時間が経ち、もう寝ただろう頃を見計らい、母が消灯しに来ていた。私の家は古く、壁の腰板には隙間、薄いベニヤ板の天井は雨漏りの後と思われる染みがそこかしこにあった。隙間に目を押し当てて、外を覗き込み探偵気分で遊ぶこともあったが、染みを気に留めることは全くなかった、なにせ「ただの」染みである。

 ところが、町の時計屋から午後9時を告げる「遠き山に日が落ちて」が流れてくる頃、それは一変する。我が家では子どもは9時に布団に入るきまりになっていて、この曲が聞こえたらおやすみなさいの挨拶をし、子どもは寝床へと向かわなければならなかった。毎日のように私は、この時間がやってきた、と思う。(あの部屋にはお化けがいる。天井から覗いているし、壁から見てるんだよ。)のろのろと階段を昇る私を横目で見ながら妹は(そんなもの信じてるの?お姉さんなのに?)ってな顔で追い越していく。布団に入り天井を見上げるとぽっかりと浮かぶは歪んだ丸い染み。あれは、雨が作った染み、と確認して目を閉じるのだが目が冴えて一向に眠れない。時はあっという間に過ぎ、母が部屋の灯りを消す。そして、暗くなった瞬間、染みの穴から何かが顔を出した。こちらを伺うおばけが1匹、2匹、3匹もいる!私も負けずに彼らを見やる。昼間、外を覗いて遊んでいた壁の隙間からは、こちらを睨む数えきれないほどの光る目。横では何も知らない妹が寝ている。妹が、私のようなたちでなくて本当にによかった!私は妹の布団に潜り込み布団を頭からかぶってぎゅっと目をつぶる。疲れ果てた私はいつの間にか寝てしまう。それでも耐えられなくなった時は、覚悟を決めてえいっ!と起き上がり、階段を駆け下り両親がまだ起きている居間の扉をばたんと開ける。流れ出る光、朗らかな空気、テレビの音、両親の顔。おばけは消えてしまった。ただし、ほっとしたのもつかの間、「部屋へ帰りなさい」と命じられ、私は泣きながら部屋へと引き返すことになるのだが。

 記憶の引き出しの奥にしまわれていたこの話を鮮やかによみがえらせてくれたのが『おやすみなさいフランシス』という絵本でした。ベッドの中のフランシスは眠れない夜、自作の歌をうたっています。ところが「なきむしのとら」って言った後、そんなものいるかしら?と考えたことがきっかけになり、今、自分が寝ている部屋にも、とらがいるような気がしてきます。この後もフランシスの部屋には次から次へと「こわいもの」が現れます。かつての私にもフランシスにも彼らは確かに存在していたのだし、今も変わらずいるならば、おいでおいでと手招きし、昔話をしてみたいものです。

☆『おやすみなさいフランシス』 ラッセル・ホーバンぶん/ガース・ウイリアムズえ(福音館書店)
  http://www.fukuinkan.co.jp/bookdetail.php?isbn=978-4-8340-0059-7