谷底本箱煙猫―歌をうたうねこ

長期滞在者

 まだお日様が上ったばかりの朝早く、いつものように煙猫が私を起こしにやってくる。枕元でひとしきり鳴き、床を唸りながら反復し、また枕元で鳴く。時計を見るとあと2時間は床の中にいられるではないか。もう少し寝かせてください、お願いします、と布団をかぶる。ちょうどいい頃合いにまた起こしに来てくれるはず。そういつものように。それからどれくらいたっただろう、時計を見て一瞬で目が覚めた。針が指しているのは家を出る時刻だし、煙猫はといえば私の腹の上でぐっすり就寝中。おまえ、毎日ぴたりと同じ時に起こしてくれていたじゃあないか。がばっと起きあがり支度をすませ煙猫を一瞥し谷底を駆け上がった私は遅刻電車に滑り込んだ。
 でっぷりした煙猫は7キロを超える大物なのだが、上に乗られても慣れてしまうと存外心地良く、温かくしっとりとした重たさは睡眠を促すのにおあつらえ向きなのだ。

 さて、中国に「歌をうたうねこ」という昔話があります。ある狩人が愛らしさのあまり連れて帰った猫は、毎朝尻尾で顔を隠しながら歌を歌います。歌声が流れると、鳥はさえずりけものは声をあげ、病気の子どもは元気になりお年寄りは腰をしゃんとのばすのです。このうわさをきいた欲張りの兄は狩人から猫を借りたのですが、猫にひどい仕打ちをしたあげく殺してしまいます。さて、狩人が猫を葬ってしばらくすると埋めた場所から竹が生えました。狩人はこの竹で飼い葉桶を作り、その飼い葉桶で餌を食べた豚はあっという間に太りました。この後も兄は飼い葉桶を借りては壊し、狩人がかけらを拾い集めてたらいを作り……と続くのですが、最後には一本の竹笛になるのです。そしてその竹笛を吹くと、あの猫の歌声が響いてくる、というお話です。

 話は煙猫に戻ります。煙猫が生まれかわって私の側にいてくれるとしたら、いったい何だろう、さんざん鳴く猫だけれど歌と言うにはほど遠く、ましてや耳を塞ぎたくなるようなノイジーな声。と考えた時、自分でもなんだか可笑しいと思うのですが、きっと漬物石かなと思うのです。ぼてっと重たい漬物石。しっとり重たいあの感じ。きっとおいしい漬物ができるに違いないな、と想像しながら今日も私は煙猫をお腹に乗せて眠りにつきます。おやすみなさい。

☆今月の一冊:『けものたちのないしょ話―中国民話選』より「歌をうたうねこ」(君島久子編訳/岩波書店)