ままならない、と向き合う

長期滞在者

自分の気持ちを押し込める癖がある。解決していないことでも自分が我慢してなんとかなるなら口を噤む、ということが多いし、人に相談するのも苦手だから、溜め込んでしまう。
少し前、うつ病の自己診断を1日に何度もやって過ごしていた時期があった。 「いつでも憂鬱だ」「眠れない」など、うつ病の兆候を示す項目が20個ほど並んでいて、直近の自分と照らし合わせて程度や症状の有無をチェックしていく、あれである。グーグルで「うつ病」と検索すると予測候補で「うつ病 診断」が一番上に出てくるので、経験がある人も多いかもしれない。

自己診断ができるサイトは一つではなく、専門のものからメンタルクリニックのホームページにあるものなど色々あり、診断の設問数や内容も多彩だ。たくさんやっていたので詳しい。「ない」「ほとんどない」「たまにある」「いつもある」の4択を選びながら診断を進め、出てくる結果は日によってまちまち。でも、おそらく自分はそうではなかったからどんな結果も自分のことを説明しているようには感じられなかったし、結果はわりとどうでもよかった。

どうしてあんなに繰り返しやっていたのだろう。
件の4択で、自分は迷ったらたいてい少し控えめな選択をしていた。「いつもある」と「たまにある」で迷ったら「たまにある」を選ぶ、というふうに。最初は一歩引いたところから自分のことを知りたいと思ってそうしていたのだけど、繰り返しやるうち「本当にきつかったらそんな考えはできない。控えめな選択ができるのは、まだ大丈夫だから」と認識がすり替わっていた。
そういう気持ちで診断をすると、誰も見ていない場所で死にたさに正直になりつつ、それでもまだ理性の圏内にいることが確認できて、妙に安心した。赤信号に突っ込みたいと考えていることがそもそもヤバいのに、そうしなかったことの正常さだけを反芻するのの簡易版、オフィスでもできるやつを編み出したのだと思う。その時はそれが鎮痛剤の役割を果たしていたのだった。実際は「ネットの自己診断ですらまともに助けを求められない」という、絶望的な自分の資質が現れているだけなのだけど。
いろいろなことで自分が弱るわけにはいかない状況だったから、その時はそれでよかった。速度を落とさず何も捨てないまま走る以外に正解はないと思っていた。だけど痛みのもとが取り払われるわけではなかったから、ふとした瞬間には自分の行動のわけのわからなさにうんざりしたし、もう無理、というほど沈むこともなくならなかった。

病院にも行かなかった。考えたことはあったけど、今がしんどい、今すぐじゃないと意味がない、という衝動に襲われる時はだいたい閉まっていたし、そもそもどこも予約制だった。渦中にいる時に予約なんて果てしなく悠長で意味がないように感じられたことも、手頃な安心の仕方を編み出すのに繋がっていた気がする。みんなはこういう時どうしてるんだろうと思った。でも、そのくせ嵐が去ってしまえば行くまでもない、自分でなんとかできるという気になった。

たとえばしんどさを抱えている人を、「甘えてる」なんて突き返すことを自分はしたくないし、その人が躊躇している時の導入として、自己診断は役に立つのだと思う。心を点検しながら今起こっていることを客観視させてくれて、受け入れがたい結果が出ることもあるだろうけど、どの診断も戸惑いをやさしくときほぐす文章が添えられていた。
でも、それが自分のことになるとどこまでが甘えで、どこから許していいのかがまったくわからなかった。許したところでどうにかなるようなものでもないように思われた。そして「自分を許せない」ことの中に、本当に何かしらの偏見や誤解がないとは言い切れないのも情けなかった。そうやって自分で自分を攻撃してしまうし、「優しい恋人も頼もしい友達もいるのに一番の慰めがうつ病自己診断って…」みたいな心の声も聞こえるし、頼ってもらえないつらさを痛いほど知っているのに頼れないのも罪悪感でいっぱいになるし、もう何がつらかったんだかよくわからないまま死にたい気持ちだけが膨らんでいき、しばらくは表面張力のような理性でどうにか1日を終えていた。

このままもっと落ち込むか、何かしらの救いが訪れるか。映画や小説ならここからが見せ場なのかもしれない。けど、僕の場合はたまたま自分のことを顧みる余裕が一切なくなるほど心配なできごとが起きて、そのことに奔走していたら事態の収束とともになんか大丈夫になっていました。ショック療法のような偶然だったけど、一人で延々考えてしまうサイクルがその衝撃で崩れたのだと思う。だから教訓めいたことも、胸を打つエピソードも何も言えない。そして、またいつ同じようなことになるかわからないなあ、と思いながら暮らしている。晴れた日に知らない街に雨が降るのを思うように、その雲がまた自分を覆うことを考えている。

慌ただしく年末になり、次そうなった時の参考になるかもと思い、どん底が描かれていそうな本を何冊か買って帰省した。年越しの時こそ家族で紅白を見ながら話したりもしたけど、それ以外は特にすることもなくて、布団に寝転がってずっと本を読んでいた。久しぶりに家族と見た紅白は、母が知っている自分の好きな歌手の情報が実家を離れた時から更新されていなくて「あ、Perfumeだよ」とは言ってくるけど「あ、欅坂46」とは言わなかった。日常的に一緒にいないとこういうところから欠けていくのだなと思う。

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坂口恭平『幸福な絶望』(講談社)

実家で読んだ本の中に、坂口恭平の『幸福な絶望』があった。
躁鬱病を公言する坂口は帯では「躁鬱の活動詩人」と紹介されているが、彼の活動を一言で言い表すことは難しい。当初は「建てない建築家」と言われていたように記憶しているけれど、今では執筆活動に軸足を置いている。かといって文筆家と言ってしまうと本質的なところを取りこぼしていそうだし、音楽家や画家としての側面も重要だと思う。以前Mockyというカナダのミュージシャンのライヴを見に行った時、その場に居合わせた坂口が突如ステージに上がって見せた踊りも忘れがたい。けいれんのようでもあり、火花のようでもあった。

『幸福な絶望』は坂口が自身のサイトで綴っていたものを再構築し、書籍化したものだ。坂口は以前にも『坂口恭平躁鬱日記』(医学書院)というそのまんまな題の本を出していて、彼の本をはじめて読んだのはこの本だったように思う。

日記は人のものを読むのも、自分で書くのも好きだ。立ち消えになる感情やかたちにならなかった思想が、省略されずに許されるから。そこには人生の即興的な側面が表れる。断片では意味がないように見えても、全体を見るとその人の幹の部分へとつながっていく。

坂口はこの即興性の部分が強烈な人だ。それゆえに思想は突拍子もないものとなり、弾き語りをiPhoneで録音しただけの音楽や3時間で描かれた絵画が、濃密さを内包しながら一筆書きのしなやかさで聴く人、見る人に迫る。その彼が綴る日記も、やはり濃密でしなやか。人との会話や描写が詳細に描かれており、それを特に堪能できるのが彼の妻・フーとの対話を軸に描かれる第2章「不安西遊記」。「不幸だ」と「幸福だ」をめまぐるしく繰り返す坂口と、そもそも自分が幸福かどうかを考えたことがなく、「地平線のように人生に起伏がまったくない」と話すフー。夫婦の会話は原生地の違う花が両脇にそれぞれ植えられた沿道を、自転車で走り抜けるみたいに清々しい。そしてその道は子どもたちを含めた生活へと続いている。

坂口は暴走しそうになることもあるが、フーをはじめ彼自身が信頼する人の言葉を素直に受け入れることで、それをとどめている。理性とか、一部の役割を他人に委ねているのだ。人間同士の関係でありながら、どこかアメーバのように個と個の区別がない。そしてそうすることによって、人生の即興ではない部分のピースが埋まる。そんなふうに他者と関わることができるのは純粋にいいなと思う。自分みたいに理性があることをちまちま確認しながら追い詰められていくより、ずっと健康的な気がした。

そういう意味では全然違うのだけど、ままならない自分の性質を「幸福な絶望」と位置付けて、それを取り込んで人生を受け入れていく姿は沁みた。坂口がフーに、フーが坂口になれないように、自分は自分でしかない。読み進めるうちに諦めも妬みも遠くなって、その自覚だけがどんどんはっきりしていく。

語り手の言葉が内省的であればあるほど、読者は自分のことを考えはじめる。自分にとっての幸福な絶望はなんだろう。自分にとってのままならなさとは。引き汐に洗われたように冴える頭で、そんなことを考えていた。

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