谷底本箱煙猫―魔法使いのチョコレート・ケーキ

長期滞在者

「魔法使いは、おもしろはんぶんに、肥料の粉で、すばらしいケーキをつくりました。材料は、腐葉土と混合肥料、それに窒素がひとつまみでした。魔法使いはそのケーキに白い石灰の粉をまぶしました。」

『魔法使いのチョコレート・ケーキ』より

「何して遊ぶ?」「天気もいいし、おままごとしよう。」そう決まると、私達は家の裏にあるコンクリート塀をひらりと乗り越える。すとん、と着地すればそこは隣の家の畑で、隅には用水路の水がとうとうと流れている。流れをまたぐ幅1メートルほどの橋の上。ここが私達の台所である。畦から草を摘み、石の上ですりつぶせば青い香りのたつおかずに、イヌタデの実をしごいた小さな粒はご飯になる。用水路から水をくんで花びらを散らし、砂の胡椒をふれば、はい、スープのできあがり。小枝を手折って箸を揃える。毬の中にぎっしり詰まっている栗の端はぺらぺらで出来そこないが多く、それはスプーンを作るのに重宝した。葉っぱのお皿も素敵だけど、私達の食卓を豪華にしたのは、なぜか用水路に沈んでいる欠け椀だった。それも1つや2つではない。食器棚の中でもなく、割れているならゴミに出すでもなく、流れている水底になぜ食器があるのだろう。私は幼心ながらに考えた。不幸にも欠けてしまい使われなくなった食器達が町中からよなよな橋のたもとに集ってくる。そこが水中なのは、今やほこりをかぶったままの彼らが常に美しい状態でいられるから。月の光を浴びて光り輝くかけらたち。一晩中踊り明かしているうちに陽が昇り、光が射した瞬間ぱたりと動かなくなり再び水底で眠りにつく――。

今回紹介するのは『魔法使いのチョコレート・ケーキ』。あるところに、魔法の腕は悪いけど、料理の腕はすばらしい魔法使いがいました。魔法使いはとても上手にチョコレート・ケーキを作ることができたので、町じゅうの子どもを招待して、チョコレート・ケーキ・パーティーを開こうと考えました。ところが、パーティーに行くと、何か気味悪いものに変えられてしまうに違いないと思った子どもたちは、誰ひとりパーティーに来なかったのです。孤独な魔法使いは、一本のりんごの木を相手に毎日お茶会を開きました。自分にはチョコレート・ケーキ、りんごの木には肥料ケーキを作ることにしました。それから何年もたち一本の木が森になった頃、突然にぎやかな声が魔法使いの耳に聞こえてきました。
魔法使いがりんごの木にケーキを作る場面を読むたび、橋の上のままごとを思い出します。準備が整った食卓はそのままにして帰りました。そして次の日には跡形もなく消えているのを見て、橋のたもとにあった大きな柿の木の妖精が食べていったのだと、幼い私は信じていたのでした。

☆今月の一冊 『魔法使いのチョコレート・ケーキ』(マーガレット・マーヒー作/福音館書店)